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57・1緊急夜会

 長らく敵対していた異教徒の使者が到着したらしい。噂どおりにその目的は和平の申し込み。正確には到着したのは使者の先触れで、あちらの国の将軍らしい。その将軍が僅か二人の供のみを連れてやって来た。誠意を示しているのだろう。

 その誠意に対して彼らの歓迎会をするからと、急遽予定になかった夜会が開かれることになった。


 私は行きたくなかった。そんな気分ではない。だけれど大臣の家族は全員参加とのお達しで、仕方ないのでリリーの凄わざメイクをほどこしてもらって、重い身体を引きずって王宮に向かった。


 リヒターがいなくなってしまったことは、リリーにしか話していない。


 王宮でエスコート役のクリズウィッドに会うと、彼は怪訝な顔をしてどうかしたのかと尋ねた。私はにっこり笑ってどうもしないわと答える。


 彼の腕に手を添えて会場の広間に行く途中、ご令嬢の集団を見つけた。マリーとテレーズの姿を見つけて挨拶をする。と、集団の中に主人公もいたことに気がついた。

 彼女は長い髪を、うなじを隠すような見たこともないスタイルに結っていた。


「まあ。可愛い」

 私の言葉にマリーが誇らしげな顔をした。

「私の侍女が考案したのです」

 きっと火傷のことを知り、考えたのだろう。ジュディットも嬉しそうな表情だ。

「とても素敵ね」

 私の言葉に彼女は一瞬だけ目を合わせて、それから微かに笑みを浮かべてうなずいた。


 少しは私がライバルではないと認識してくれただろうか。


 彼女たちに別れを告げて、広間に入る。一通りの挨拶を済ませていつもの席に行くと、すでにみんな顔を揃えていた。長椅子にルクレツィアとシンシア。その前にクラウスとウェルナーとジョナサン。やや離れた長椅子にジョナサン弟と、彼にがしりと腕を捕まれているクラウディア。後方にアレン。

 私たちフルメンバー勢揃いだ。ジョナサンに妹君は?と尋ねると、今日は体調が整わず欠席だという。


 それならと空いているルクレツィアのとなりに座る。


 クリズウィッドとクラウスは賓客をもてなさなければならないようで、頻繁に入れ替わり場を離れた。その間はジョナサンとウェルナー、時たまアレンがそばにいてくれた。

 どう見てもジョナサンはルクレツィアに、アレンはシンシアにばかり目を向けているけれど。


 何度めかに戻ってきたクリズウィッドを、また侍従が呼びに来た。珍しくため息をついた彼は、

「そばにいられなくて済まない」と謝る。

「いいのよ」と私は笑顔を向けた。

「まだ一度も踊っていない」とクリズウィッド。

「気にしないで」

 そんな気分ではないしね。


 彼は友人たちに目を向けた。

「誰か、彼女と踊ってくれないだろうか」


 驚いて耳を疑った。彼と婚約してから一年になるが、一度たりもその言葉を耳にしたことがない。彼はいつも私のそばにいて、そのせいなのか他の男性にダンスを誘われたこともない。


 微妙な沈黙がおりる。


 バシリとクラウスがウェルナーの背を叩いた。

「緊張していないで、早く誘え」

 彼はそう言った。

 一度友人を見たウェルナーは、柔和な表情で私に手を差し出した。





 前世での私の推し。

 顔も性格もタイプど真ん中。声なんて鼻血が出そうなぐらいに好き。

 そんなウェルナーと踊れるなんて夢のようだ。




 笑みを浮かべてご令嬢らしく、淑やかに踊る。

 楽しいひとときを過ごして席に戻ると、クラウスもクリズウィッドもいなかった。




 ◇◇




 笑顔を張り付けているのに疲れ、また、姉に挨拶をしてくると言って席を離れた。

 まっすぐに広間を出る。


 沈んでいる気分を上げられない。

 どうやら上手く繕えてないらしい。ルクレツィアとシンシアは、私を心配そうな顔で見ている。だけど今日はまだ話せない。確実に泣いてしまう。広間でそんな失態をおかすわけにはいかないもの。


 もやもやした気持ちを抱えながら、肖像の間の扉を開けた。

 月明かりに照らされた室内。

 扉を閉めて中央の長椅子に歩み寄る。


 と。むくりと起き上がる人影。背を丸めて座っていたらしい。

 椅子からこちらを見ているのはクラウスだった。


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