56・2『リヒターも』
動けないでいる私をモブ君は道の端に引っ張っていった。しばらく何かを言っていたけれど、短剣でリヒターからの手紙を開封し便箋を取り出すと、開いて私に見せた。
『急ぎで都を出ることになった。
最後まで護衛が出来なくて悪い。
もし困ったことが起きたら、アイーシャを頼れ。
知り合いだと話してある。
幸せにな』
それだけ。また名前はない。
涙がこぼれる。止まらない。
本当にいなくなってしまったの?
また来週な、と言ったのに?
『知り合い』との言葉が突き刺さる。
その程度の間柄だから、お別れを言いに来てくれなかったの?
こんな紙切れ一枚で済んでしまう仲だったの?
もう、会えないの?
◇◇
モブ君は泣きじゃくる私の手をひいていつものパン屋に行き、かごいっぱいのパンを注文。それから孤児院へ向かった。
さすがリヒター。ぬかりなく道程を説明してあるらしい。
頭はいいくせに、私の気持ちには鈍すぎるよ。
好きなんだよ。あなたとずっと一緒にいたかったんだよ。そばにいられるだけで幸せだったんだよ。
だからこそお別れはきちんとしたかったのに。
孤児院に着くとロレンツォ神父と子供たちが、何故か外で待っていた。
サニーがばふんと私に抱きつく。
リヒターは一昨日別れを告げに来たという。最後だからと小さい子たちと沢山遊んだらしい。
一昨日、私は王宮へ行った。だから会えなかったということはあるだろうか。
孤児院には挨拶をして、私には手紙だけなんてあんまりだよ。
「なかないで。アンヌさまだいすき」サニーが言う。「リヒターもだよ」
彼女の小さな頭を撫でる。
「私もサニーが大好き。リヒターもね」
小さな声で、そう言った。




