56・1膨れる不安
ジョナサンはその日のうちにルクレツィアの元へ行ったらしい。
だけれど彼女の気持ちに対する答えは、まさかの『保留』だった。
ジョナサンは優しい笑顔と丁寧な物腰で、ルクレツィアの気持ちはとても嬉しいと告げたという。彼女をどんなに素晴らしい女の子と思っているかも熱い口調で語ったという。
だが。
彼女の気持ちを真剣に受け止めるからこそ、今は何も答えられないと言ったのだそう。
ジョナサンが言うに、彼は問題をひとつ抱えているという。その問題が解決するまではいい加減な返答は出来ないという。
これはどういうことだろう。
シンシアも私も、返答自体は喜べるものだろうとの考えで一致した。
ただその問題が、何なのか。告白の返事を保留にしなければならないほど、何かを左右するということだ。
ゲームエンドまであと二週間ほどだし、クラウスとウェルナーの企みもある。どうやっても不安はぬぐえない。
◇◇
いつもの曜日いつもの時間に、いつもの待ち合わせ場所に向かい、途中で足を止めた。
リヒターが来ていない。
今まで一度もそんなことはなかった。彼は必ず先に来ていて、私の姿をみつけると、よっと片手を上げてくれた。
心臓がバクバクいう。
何があったのだろう。
膨れ上がる不安。
と。
いつもの場所に立っていたひとりがこちらを見ると、歩いて来た。私の前で止まる。
私服を着た警備隊のモブ君だった。
「リヒター・バルトは来ない」
モブ君の顔を見つめる。
今、彼はなんて言った?
「急に都を出ることになったって。俺は彼に君の護衛を頼まれた」
彼は外套の内から封筒を取り出した。
「これは彼から」
表には『アンヌへ』と書かれている。恐ろしく汚ない字。見間違えようがない。
呆然と立ち尽くした。




