55・3ジョナサン
私たちだけの成人式の翌日、王宮に乗り込んで休憩中のジョナサンを捕獲した。さすがの能天気も何も聞かずとも、私がどんな用件かは分かったようだ。戸惑いの表情を浮かべながらもおとなしくついて来てくれた。
手近な部屋に入って扉を閉める。二人きり。侍従侍女もいない。
「アンヌローザ」まだ困惑顔のジョナサン。「これは良くないのではないのかな?」
「何が?」
彼は肩を竦めた。
「密室で男と二人きり」
「クリズウィッド殿下には許可を貰ったわ」
答えながらも女の子好きのジョナサンが、そんなことを気にすることに少なからず驚いた。
「……苦労するな」と彼は呟く。
「だってルクレツィアの一大事ですもの」
ジョナサンは長く息を吐いた。
「彼女は本当に僕を好きなのかい?」
思わずむっとする。
「疑う要素がどこにあるの? 彼女がそんな嘘をつくとでも? 何のために? あなたをからかうため?」
ジョナサンは驚いたように瞬きをした。
「だって彼女みたいに素敵な女の子がどうして僕なんかを? 僕から顔と家名を取ったら何も残らないことぐらい、良くわかっている」
今度は私が瞬いた。
数ヶ月前までジョナサンは、自分を過大評価している勘違いな人だと思っていた。だが実はちゃんと自分の能力を見極め対処する堅実さがある、と今では知っている。
だけど先ほどのセリフはなんだ?
「……あなたは世界の全ての女の子が自分を好きなのだと思っていると思っていたわ」
「まさか」ジョナサンは屈託なく笑った。「女の子たちが好きなのは、『侯爵家の跡取り』ってとこと、この顔だろう? 僕は弟と違って優秀な頭脳を持っていないし、リーダーの素質もない。死ぬほど頑張って剣術だけはまあまあ腕はあるけど、僕より上手い奴はたんといる。本気で好きになってもらえる魅力なんてない」
意外な告白に戸惑う。ずっと自信満々で苦労知らずの坊っちゃんだと思っていた。本当に私は彼の上辺しか見ていなかったんだ。
「いつも女の子を侍らせているじゃない」
「だから侯爵夫人になりたい子たちだろう? 僕は可愛い女の子が好きだからね。そりゃ楽しみたいさ。来る者拒まず、来ない者も拒まず。女の子たちが欲しいものはあげるけど、美味しいとこは頂く。それが僕のスタンス」
ジョナサンの顔に戸惑いが再び浮かぶ。
「こんな僕のどこがいいんだ? あんな素敵な子が?」
彼は『あんな素敵な子』と二度も言った。
「それは本人に聞いて」
あれ。どこかで聞いたことのあるセリフだな。まあいいか。
「だけど『あんな素敵な子』があなたを好きだと言っているのよ。それなりに魅力があるからのことでしょう?」
ジョナサンの顔が赤くなった。
「顔と家名以外に? それともこの顔がツボだとか?」
「顔と家名以外によ!」
そうか、そうなのか、と呟きながら頬を掻くジョナサン。
「少しはルクレツィアのことを考えてくれる?」
「そりゃ、もちろん」
「彼女、あなたにフラれたと思い込んで昨日あれから大号泣だったの」
「ええっ。なんで?」本当に驚いている様子のジョナサン。
「だって彼女の好きって気持ちに対して何の返事もしないで去ったじゃない! 婉曲に断られたと思ってしまうわ!」
「そうなのか」とジョナサン。「すまない、昨日はあまりに驚いて」
「ルクレツィアにそう話してもらえる?」
「ああ」
うなずいた彼は、嬉しそうな顔を無理やり真面目な顔に保とうとしているように見えた。
「彼女ってずっと僕と目を合わせてくれなかったけど、それって」
「好きすぎてあなたの顔を見られないのよ!」
そうなんだ、と言ったジョナサンは確実ににやけていた。
お読み下さりありがとうございます。
今さらですが、『おまけ小話』と『閑話』の違い。
おまけ小話・・・本編を書いていたり、予約投稿しているとときに、この本編は暗いなあと考えて、後付けで考えて加えた話。伏線が入っているときもあるけど、読まなくても本編に影響が出ません。
閑話・・・最初から計画的に組み込んでいる話。アンヌ視点では書けない伏線が入っていることがたまにあります。




