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54・1報告

 いつものように先に来て待っているリヒターの姿が目に入る。後ろ姿が似ていると気づいたら、遠目に見る立ち姿も似ていると気づいた。だけどそんなに珍しい体型ではない。


 走って彼の元へ行き、おまたせと言う。リヒターはいつものように、おうと一言、さりげなくかごを私の手から取った。

「今日は一段と冷えるね」

「だな」

 うなずくリヒターだけれど、外套は薄手だ。前に寒くないのか尋ねたら、動きやすさ重視との答えだった。さすが傭兵。


 先週は帰り際にちょっとだけ気まずい雰囲気になってしまったけれど、今日はいつもどおりだ。そのことにほっとしながらも、王宮関連の話題を出さないよう気をつけて話す。


 いつものパン屋に入り、顔見知りの主婦さんたちと言葉を交わす。すっかりリヒターに慣れた店主は、パンの詰まったかごを彼に渡しながら、景気はどうだねなんて普通の会話をしている。

 裏町の人間に聞くことかな。


 やっぱり新婚夫婦のお買い物みたいだよねとひとりで悦に入る。


 店を出て並んで歩きながら、パン屋店主の変わり様について楽しく話した。初めてリヒターと一緒に訪れたときは、あんな奴を信用しちゃいかんと注意されたものだ。隔世の感があるよね。


 孤児院に着けばわらわらと出てきた子供の小さいチームは、リヒターの周りにまとわりつく。ひとり一回だかんな、と言われながら放り投げてもらったり、振り回してもらったりしていて楽しそうだ。


 それが終わると彼はいつものようにひとりで教会に入って行った。



 ◇◇



 帰る時間になって教会に入ると、いつものように参列席に器用に横になっているリヒターの頭のそばにしゃがみこむ。

 きれいな稜線を描く鼻。結局この鼻と、時々見られる口元。それしか私は知らない。リヒターはどんな目をしているのだろう。


 彼はもぞもぞとして起き上がった。

「帰るか」

 少し掠れた声。この声も大好き。


 リヒターのとなりに座る。

 彼にはまだ話していないことがある。

 挙式の日が決まったことだ。だけど情報通の彼は、私が話さなくてもとうに知っているだろう。


「どうした」

 投げ掛けられた問いかけに、きゅっとスカートの上からポケット中のロザリオを握る。ロザリオは素敵な刺繍の巾着に入っている。

「挙式の日、決まってるんだ」

「……そうか」

「私ね、結婚するよ」


 必死に目に力をこめて涙を堪える。


「お前はそうすると思ってた」

 優しい声に、リヒターの顔を見上げる。見えない目が私を見ている。

「お前が友人や家族を悲しませる選択をするはずがねえからな」

「うん」

 答える声が震える。

「ありがとう。たくさん愚痴を聞いてくれて」

「ああ」

「リヒターが聞いてくれたから、だから覚悟を決められたよ」

「役にたったか。ならたんとボーナスを払え」

「うん。次回持ってくるね。式直前の週はさすがに屋敷を出られないだろうから、外に出られるのはあと2回なんだ。護衛をよろしくお願いします」

「おう」


 色々な思いが込み上げて来るのを、気づかないふりをする。あと少ししかないのだ。笑顔でいたい。

 それで最後の最後に、笑って好きだったと伝えたい。


「バルに寄るか。祝いにご馳走してやるよ」

「やったあ! ありがとう!」

 えへへと見えない顔を見上げてにっこり笑った。



 ◇◇



 別れ際。リヒターは傷のある拳骨で私の肩を小突き、明るい声で言った。また来週な、と。


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