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53・1墓参

「やっぱり最近元気がないよね?」

 となりを歩くリヒターを見上げる。気のせいじゃない。ここ最近、声のトーンが沈んでいることが多い。いつからだろう。今年に入ってからなのは間違いない。

「んなことねえよ」

 リヒターはいつもそう答える。淋しい。相談すらしてもらえない。一年近く一緒にいるのに。


「パン作りは上達したんか?」

「うん。こっそり食卓に出したけど、みんな料理番が作ったものじゃないと気づかなかったよ」

 庶民に下る作戦はリヒターに止められたものの、パン作りの練習は続けている。けっこう楽しくて、練習というより趣味になってきた。料理番も同様のようで、幾つもの種類を教えてくれている。

「今すぐパン屋さんを開けちゃうかも」

「甘え! パン屋がどんだけの量を作ると思ってんだ。家族分とは訳がちげえぞ」

「そっか」


 確かに、とうなずきながらリヒターの見えない横顔を見上げる。このまま見せてもらえないのだろうか。

「なんだよ」

 しまった。見すぎていたかな。

「何でもないよ」


 孤児院に着いて、子供が出てくる。リヒターはいつものように小さい子どもたちと少しだけ遊び、それからひとりで教会へ入って行く。すっきりとした後ろ姿。細身、だけどひょろっとしているのではなく、バランスは良く手足も長くて、肩から肩甲骨のラインがきれいだ。前世だったら絶対にモデルをしてると思う。


 と、また引っかかりを覚えた。これで何度目だ? 何が引っかかるのだろう。


「アンヌさまっ!」

 子供たちの声に我に帰る。

「あら、ごめんなさい。ぼんやりしちゃった」

 子供たちに笑顔を向ける。

 早く思い出せるといいのだけど。



 ◇◇



 子供たちと読み書きの練習をしていると、ロレンツォ神父がやって来た。あれこれと話す。最後に彼は

「アンヌローザ様には心の底から感謝しております。この先もしお困りになることがありました、こちらを思い出して下さい。出来うる限りお支えいたします」

 真剣な顔でそう言った。



 ◇◇



 帰り道でリヒターが、バルに行くか?と尋ねてくれた。ちょっと考える。

「あのね、別に行きたい所があるのだけど、そっちでもいいかな?」

「料金さえ払ってくれればな。どこだよ」

 いつもの調子のリヒターに、場所を告げると物好きと言われた。


 途中で花屋に寄るけど、二月だから望むような花がない。リヒターによると上流階級向けの高級花屋に行けば温室育ちの花が沢山売られているという。だけど町娘として出かけるときには、それほどの金額を持っていない。

 そう告げるとリヒターは、貸してやるよと言ってくれたけれど、それでは意味がない気がする。

 高価な花は別の機会にすることにして、とりあえず小さな花束を二つ買い、リヒターに託さず自分で持った。


 フェルグラートの家令から教えてもらった墓地に着き、墓守りに場所を案内してもらう。そこは墓地の中でも日当たりの良い最高の一角で、囲われたかなりの広さのその場所全てがフェルグラート家のものだった。

 数ある墓碑から、ウラジミールのものを見つけて花束を一つ置いて祈る。


 終わると、次を探すがみつからない。


「まだなのか? 何を探してるんだ?」とリヒター。

「今の公爵のお母様のお墓」


「……ねえよ」

「え? ないの?」

 家令に尋ねたときはウラジミール、としか聞かなかった。てっきりお母様のお墓もここだと思っていたのだけれど。

 というか、なんでリヒターが知っているんだろう。


「……お前に事件の調査を依頼されたときに小耳に挟んだんだけど、母親は王族の墓に入ったらしい」

「降嫁したのに?」

「先代国王の子供三人が死んですぐに王の妹が男児を産んだ。その男児を王太子にするつもりだったんだろうな。王太子の母親だから、王族の墓ってわけだ」


 なんだか……。


「花はさっきのヤツにやんな。王族の霊廟には許可なしにゃ入れねえ」

「うん」

 再びウラジミールの墓前に花を供える。


『もし』なんて仮定をしたって意味のないことだけれど。もしクラウスの母親や国王夫妻が彼を王太子にと望まなかったら、どうなっていたのだろう。

 それでもフェルグラート家での扱いは変わらなかっただろうか。

 父たちに毒入り菓子を贈られることはなかっただろうか。


「何をしょぼくれてんだ」

 リヒターが背中を叩く。気合い入れ、的な叩きかただ。

「だって公爵は、王位に興味なんてない優しい人だよ。周りが勝手に盛り上がっておいてさっさと死んじゃうなんて、あんまりじゃない? おかげであの人は大変な人生を送ってきたのに」

「ばーか」


 リヒターに頭に拳骨を落とされた。


「公爵は優しいお人好しなんかじゃねえ。そんなヤツだったら爵位を継いだって領地にこもってる。元修道騎士で脇を固めて、戦う気満々で都に乗り込んで来たんだ。いい加減、騙されんな。傷つくのはお前だ」

 リヒターの見えない顔を見上げた。

「私、リヒターの言うことはずっと信頼してきたけど」声が震える。「それは違うよ。リヒターは彼に会ったことがないから分からないんだよ。公爵は優しい人なの。たくさん、助けてもらったもん」


 傷つくのはお前なんだ。


 リヒターは小さな声で繰り返して、今度は私の頭を撫でた。優しい優しい手つきで。


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