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52・2シンシアの相談

 別の応接間に案内されると、すでに待っていたシンシアが立ち上がって出迎えてくれた。


「ごめんなさいね。ベルナールが来ていたの」

「お約束もなしに?」

 そこまで親しくなったのか、それともベルナールがそこまでマナー知らず……ってことはないだろう。

「クラウスの元にね。一昨日話していたでしょう? 私はおまけよ。昨日ウラジミールの墓参をしてくださった報告」

 なるほど。義理堅い人らしい。


「そういえば、分かったの? 彼たちがクラウスに会いに行った話について」

 訊ねると彼女は表情を陰らせてため息をついた。

「そうね、それから話しましょうか」


 まず、家令は確かにウラジミールにクラウスのいる修道院を教えたそうだ。フェルグラート家でそれを知るのは先代と彼だけで固く口止めされていたという。それは(ここでシンシアはまた暗い顔をした)クラウスが暗殺される危険を回避するため、との理由だったらしい。


 だが家令はウラジミールに教えた。家令なりに、不憫な境遇の長男を憂いてのことだった。ウラジミールと家令は相談をして、ベルナールの留学に同行すると装って、クラウスを秘密裏に訪れることにした。


 ベルナールとウラジミールは、家の確執があったから表向きの交流はなかったけれど、実は友人関係だったという。

 そうして二人は修道院へ行った。


 だが院長に苛烈な言葉で批判された挙げ句に、クラウスは俗世の人間とは決して会わないと追い返されたそうだ。ただひとつ許されたことが、ウラジミールが手紙を置いていくことだった。


 だけれどその手紙に返事が来ることはなかったという。


 ベルナールは、本当にクラウスの意思で会うことを拒んだのか、それならその理由はなんなのか、何故手紙の返事をくれなかったのかを問いただしたかったらしい。


「それで?」と私。

「クラウスは全部答えたそうよ。ベルナールは、あとで直接話したほうがいいと言いつつも、だいたいは教えてくれたの。やっぱりフェルグラートの人間には会いたくなかったようよ。手紙も目を通せなくて、ウラジミールが亡くなったと聞いてから初めて読んだって」


 思わず目をつぶった。

 クラウスは父一派とは派手にぶつかり合っているという。

 暗殺を恐れているわりには、ひとりで王宮内を歩き回る度胸はある。

 だから剛胆な人物に見える。

 けれど見えている一面が全てではない。そうブルーノが教えてくれた。


「ベルナールの話では」

 続いたシンシアの言葉に目を開いた。「ウラジミールは修道院長に言われた言葉がかなり堪えたらしいの。クラウスのことを何も知らないくせに善意を振りかざして土足で彼の心を踏みにじるのか、と」

「キツイわね」

「でも真実だわ。だからウラジミールは、クラウスから手紙の返事が来るまでは私に全てを伏せておくつもりだったらしいの。私が傷つかないように」

「優しいお兄さまね」

「クラウスもウラジミールも優しいわ」


 カップを手に取り、お茶を飲む。

 修道院にお茶はあったのだろうか。

 十年もの間、何を思い暮らしていたのだろう。


「家令がね、クラウスを迎えに行ったの」

 落ちていた視線をシンシアへ戻した。

「彼を新しい当主にすると決めたときに。修道院で三日待たされたそうよ」

「三日?」

「そう。修道院長に会いに来た理由を説明し、面談を申し込んでから三日よ。ようやく出て来たクラウスはブルーノとラルフを連れていたみたい」


『ラムゼトゥールの名のつく者、シュヴァインナーズの名のつく者、全ての人間に災いあれと思っていた』と言った彼の声が耳に甦った。

「私、破滅するのは嫌だけど、クラウスに出会えて楽しかったわ。クリズウィッドとのことは沢山フォローしてくれたし」

「それは本人に言ってあげてね」

 シンシアは何故か哀しげに見える笑みを浮かべた。


 分かったとうなずきながら、『本人に……』と言われるのはこれで何度目だっけと考えた。

 確か、私を破滅させる可能性の心当たりと、魔法のワードだ。尋ねる機会があればいいけど。


「ところで本題はなあに?」

 シンシアからの手紙には、相談したいことがあるとしか書かれていなかった。私がそう問うと、シンシアはうっすらと赤くなり顔がにやけた。

 おや?


「あのね。実はね」

 彼女の声が先ほどまでと違う。はにかんだ可愛らしい声だ。

「アレンにね」

「うんうん」

 シンシアはもう真っ赤だ。

「あのね、告白されたの。私のことが好きだって」

「やったわ!!」


 思わず勢いよく立ち上がってしまい、椅子が後ろに倒れた。けど、構わない。シンシアの両手を握りしめる。

「おめでとう!!」

「ありがとう」

「やっぱりルクレツィアの煽りが効いたのかしら」

 煽り?と不思議そうな顔をするシンシア。どうやら気づいていなかったらしい。


 一昨日の夜会で、ベルナールとシンシアが楽しそうに話しているときアレンがどんな表情だったか、それに気付いたルクレツィアがわざと二人にダンスを勧めたこと、その後のアレンが不機嫌オーラ全開で恐ろしかったことを詳細に話した。


 聞き終わるとシンシアは

「そんなレアなアレン、見たかったわ!」

 と悔しそうな顔をした。

「……だけど嬉しい」

「本当におめでとう」


 しばらく二人で盛り上がっていたけれど、ふと思い出した。手紙は『相談』と書いてあった。


「シンシア。これが『相談』?」

 途端に彼女の顔が陰った。

「アレンがね、今クラウスに話すのはまずい。あと少しの間、誰にも話さないでほしいと言うの。ニンナにも。頼み込んであなただけ許可をもらったの」

 シンシアは不安そうに眉を下げた。

「クラウスは私たちに賛成のはずでしょう? おかしいわよね。何か起こるからじゃないかと思うのだけど、アンヌはどう思う?」


 私もそうとしか思えない。

 一体どうすればいいのだろう。


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