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51・2ベルナール・ジュレール

 ジョナサン妹は近くで見ても完璧だ。金髪碧眼で陶器のような肌、薔薇色の頬。主人公が可愛らしい愛され美少女なのに対し、妹は近づきがたい高貴な美少女だ。クラウスの凄みのある美青年っぷりによく似合う。


 妹は入場のときより高揚した顔ながらも、ご令嬢として最高に美しい挨拶を私たちにした。

 そこへルクレツィアたち三兄妹がやって来た。みんなで楽しくワイワイしていたけれど、なぜか口論をしながらクラウディアとジョナサン弟が離脱。見ていたら弟が無理やりクラウディアをフロアに連れ出して踊っている。


「なんだかんだで上手くいってるわよね」とルクレツィア。

「クラウディアも満更ではなさそうだ」とクリズウィッド。

「彼女のおかげで弟の素行がよくなった」とジョナサン。

 どうやらクラウディアも落ち着く時期が来たらしい。ふむ。


「アレン」とクラウスが従者を見た。「シンシアと踊ってやってくれ」

 アレンの目がウェルナー、ジョナサンと動いた。

「アンヌローザ、踊ろうか」とクリズウィッドが手を差し出したので、うなずいて手を重ねた。

「ジョナサン、ルクレツィアを頼む」とクリズウィッド。

 おや、珍しい。妹の恋を応援する気になったのだろうか。

 ジョナサンは素直にうなずいて、ルクレツィアを誘う。彼女はうつ向きながらも、ここで断ったらシンシアにも関わるからだろう、小さな声で了承した。

「ではこの間に私は友人の弟を祝ってきます」とウェルナー。


 アレンは、では、と言ってシンシアに手を差し出した。ほっとした空気が流れる。

 皆それぞれにフロアにダンスをしに出て行った。



 ◇◇



 広間は新成人やその家族で混みあっている。私たち悪役令嬢の今日の居場所は広間近くの小さなサロンだ。

 クリズウィッドと二曲踊ってそちらへ行くと、すでにルクレツィアとジョナサン、シンシアとアレンが来ていてそれぞれグラス片手に談笑していた。アレンは何も持たずにやや距離を置いて立っているけれど。


「アレンもいただけばいいのに」

 私がそういうと

「先ほどいただきました」

 とアレン。ラルフ程までではないけれど堅物なのかもしれない。シンシアは攻略できるのだろうか。


 五人プラス時々アレンで話をしていると。

「シンシア殿!」

 とサロンの入り口で声をあげた青年がひとり。目をやるとベルナール・ジュレールだった。どうやら帰国していたらしい。

 彼は真っ直ぐに私たちの元へ来て、まずは二人の殿下に挨拶をし、それから私とシンシア、ジョナサンに挨拶。アレンに不思議そうな目を向け、彼がフェルグラート家の従者と聞くと、それでも笑みを崩すことなく挨拶した。


 彼の話では帰国が予定より遅れて昨日都に到着したばかりだという。まだウラジミール・フェルグラートの墓参に行けてないことを丁重にシンシアに詫びた。


「それを言うために探して下さったのですか?」とシンシア。

「勿論」とベルナール。「帰国の理由の半分はそれだからね」

「ではもう半分は?」とクリズウィッド。

「フェルグラート家の長男が還俗をして爵位を継いだと聞きましてね」ベルナールはクリズウィッドに向かって言った。「彼と話をしたいのです。本当は夏に帰国するつもりだったのですが、学業との兼ね合いで出来ず、遅くなってしまいました」

「クラウスと?」

 シンシアが不思議そうな顔をする。

 うなずくベルナール。今度は彼女を見た。

「実はウラジミールたっての願いで秘密にしていたのだけど、彼と僕で兄君に会いに行ったんだ。修道院までね」

「……え?」シンシアの顔に戸惑いが広がる。「どうやって? クラウスのいた修道院は分からず終いだったのに」

「いや。家令がウラジミールには教えたんだ。君には兄君の様子が分かってから話すつもりでいた。その分だと兄君から何も聞いてないようだね」


 シンシアはアレン、私、ルクレツィアと見た。

「……何も聞いていないわ」

 うなずくベルナール。

「会えなかった」

 シンシアは再びアレンを見た。

「そうなの?」

「存じません」とアレン。

「本当に会いに行ったのですか?」

 うなずくベルナール。

「会いに行った。だけれど修道院長に追い返されて兄君には会えなかった。何故会ってくれなかったのか、ウラジミールのために聞きたくてね。兄君……、いや公爵殿はどちらにいるのかな?」


「主人は」とアレン。「本日はワイズナリー侯爵令嬢の見届け人をしております。そのようなお話でしたら日をお改め下さい」

「そうか。それでは時間を取らせてはいけないな」ベルナールはあっさりとうなずいた。「君、その用件でお話したいと伝えてくれ」

「承知いたしました」


 それからベルナールとシンシアはウラジミールの話に花を咲かせた。

 私もルクレツィアもウラジミールのことは全く何も知らない。シンシアもあまり話題に出さない。今までそのことを深く考えたことはなかった。だけど今、楽しそうにしているシンシアの様子を見ると、本当は誰かと亡き兄の話をしたかったのだろう。


 切ない気分になりながらふとアレンを見ると、とてつもないへの字口をしてベルナールを鋭い目で見ていた。

 ルクレツィアをそっとつついて、アレンを示す。彼女は目を見張って、それから私を見た。こっそりうなずき合う。


 どうやらシンシアは両思いみたい。


 それじゃあベルナールには当て馬役をがんばってもらわないと。

 二人の会話が途切れたところでルクレツィアが

「せっかくの再会の夜ですもの。お二人で踊ってきたらいかがかしら」

 と声をかけた。

「ああ、いいね」とベルナール。

 スマートにシンシアをダンスに誘う。シンシアは一瞬躊躇したものの、笑顔で了承した。

「それなら僕たちもどうだい」とジョナサン。

 ルクレツィアは急展開にうろたえながらもうなずいて、二組は去って行った。


 気まずい。

 アレンはあからさまに不機嫌だ。

 気のせいかとなりに座ったクリズウィッドの距離が近い。


「ドレスが仕上がったそうだね」とクリズウィッド。

 ドキリとしつつ、ええ、と答えた。

 挙式用のウェディングドレス。日取りが延びたぶん、母さまがこだわり追加して豪華刺繍やらレースやらをふんだんに盛り込んだ。そんな、まるで王妃のためのような豪勢なドレスが先日ようやく完成したのだ。


 試着をして鏡を見たら、我ながら驚くほど素敵な花嫁姿だった。

 涙がこぼれそうになるのを必死にこらえ、褒めそやかす母や小間使いたちドレス職人たちに笑顔を向けた。


「あと六週間か。楽しみだ」

 笑顔の婚約者に無言で笑顔を向ける。

 それだけで精一杯だ……。


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