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51・1デビュタント舞踏会

 クラウスたちの亡霊探索は、空振りに終わったらしい。本人(?)もいなければ血の跡も見つからなかったという。

 急遽用意してもらった西翼の一室で、のんびりとひとりの朝食をとっているところにクリズウィッドがやって来て、そう報告してくれた。


 ジョナサンはザバイオーネの亡霊から、父親を殺した真の理由を聞きたいそうだ。あまりに切ない。

 シンシアが起きてほしくない、と願った気持ちがわかる。もしこの騒動にクラウスが関わっているのだとしたら、昨夜はどんな気持ちでジョナサンに同行していたのだろう。


 いや。

 やはり違和感がある。あの人は誰かを傷つけるようなやり方を選ぶ人とは思えない。出会った頃は何を考えているのか分からないと警戒していたけれど、今は断言できる。友人思いの優しい人だ。


 クリズウィッドは、ジョナサンが非番の日にまた探索をすると話していた。出来ることなら、亡霊に出ないでほしい。

 侍従長に、『知ってますよ』的な手紙を出すのはどうだろうか。




 ◇◇



 結局、私は手紙を出すことはなかった。シンシアと相談して出そう、と決まったのだけどあの晩以降亡霊は出ていない。何も知らなかったルクレツィアにこっそり騒動を打ち明けて、シャノンに東翼の様子を伺ってもらったのだけど、そちら専属の侍従侍女たちも胸を撫で下ろしているという。


 それは良かったのだけど。侍従長がお嬢さんの件で復讐なりなんなりをしたいと考えて亡霊騒ぎを起こしたのだとしたら。怪文書を王宮内に貼った犯人も彼ではないだろうか。

 とは言え何の証拠もないことだ。一先ず彼のことは置いておくことにした。


 一方で知らぬ間に、主人公に問題が起きていた。


 ジュディットは、新成人のデビュタント舞踏会でエスコートをしてほしい、と公衆の面前でクラウスに申し込んだらしい。マナー違反にもほどがある。

 それに対しクラウスは、先約があるからと丁重にお断りしたという。


 すっかり笑い話として社交界に知れ渡っているのだが、どうやら意地悪なご婦人たちに騙されてのことだったようだ。

 マリーとテレーズが噂を聞いて、ジュディットにどうしてそのようなことをしたのか尋ねたら、彼女は泣きながらそう打ち明けたという。


 デビュタント舞踏会で社交界デビューしなかった者は、翌年までなら好きな相手にエスコートを頼める。だから早く公爵に申し込まないと他の令嬢にとられてしまうわよ、と複数のご婦人に囲まれて言われたそうだ。


 だからといって、どうしてそれを頭から信じてしまうのだろう。素直なところが主人公の長所のはずだけど、こうなってくると短所でしかない。

 あまりに気の毒だから、シンシアが兄に経緯を説明したそうだ。それを聞いたヒーロー役はため息をついて

「脳みそがないのか」

 と言ったらしい。

 もうバッドエンドの予感しかないよ。




 そんなことがありながらも迎えたデビュタント舞踏会。会場はいつもの広間だけれど椅子も卓もすべて片付けられている。

 新成人をエスコートする、もしくは新成人にエスコートされる人物は見届け人と言われて、広間の壁際に女性が窓際に男性が一列になって中を向いて並ぶ。その後ろに一般参加者は適当に並ぶ。


 クリズウィッド、クラウディア、ルクレツィアは奥の国王一家の席にいる。最初にある式典が終わればこちらに戻ってくる。それまでは私、シンシア、アレン、ウェルナーでまとまっている約束だ。


 クラウスはジョナサン妹をワイズナリー邸へ迎えに行き、今は見届け人として列に並んでいる。

 ジョナサン妹は美形の兄に似てまるでビスクドールのような美少女だ。とはいえ性格はジョナサン弟似で、甘やかされて育った末っ子(私もだけど)。はっきり言って、性格きつめのワガママさん。


 でもそれは以前の話。やはり父親の一件でかなりショックを受けて、すっかり大人しくなってしまったらしい。それまで親しかった友人たちに掌を返した態度をとられたのも辛かったようだ。


 クラウスの話ではまだだいぶ気分は沈んでいるらしい。彼は何度かワイズナリー邸を訪れて、今日の打ち合わせをしたという。やっぱり根は真面目なのだろう。


 新成人の入場を待ちながらシンシアに尋ねられるまま自分のデビュタントの話をしていると、人混みをかきわけてジョナサンがやって来た。弟と一緒で珍しくご令嬢の姿はない。


 私たちの姿を見つけると、『ああ、いたいた』と声をあげる。一通り挨拶を済ませると、シンシアに丁寧に礼を言った。クラウスが妹のエスコートをすることについて。

 それをウェルナーがまた父親が息子を見守るような表情で見ている。


 このほのぼの雰囲気を壊すようなことをあの人がするだろうか。もしするならば、余程のことにちがいない。


 ラッパが高らかに鳴り響いて、伝統的な白い衣装を着た新成人が男女組になって広間に入って来る。何しろ狭い人付き合いしかしていないので、親しい新成人はいない。顔見知りならちらほらいるけれど。

 ジョナサン妹はその美しさで目立っているけれど周りに比べて伏し目がちで、晴れやかとは言い難い表情をしている。けれどクラウスを見つけると、そちらに花がほころぶような笑みを向けた。それに対してクラウスは軽くうなずいたようだ。後頭部が揺れるのが見えた。


 それからユリウス、父、シュタルク帝国の大使からの祝いの言葉があり、新成人だけでワルツを踊った。その次は新成人と見届け人のワルツ。


「やっぱり私も出ればよかったわ」とシンシアが呟く。「一生に一度ですものね。兄にも……ウラジミールのほうね、彼にも出るべきだと言われていたの」

「当時はまだ還俗をして間もなくて」とアレン。「我々一同、あなたのことに手が回らず申し訳ありませんでした」

「いやだ、アレンたちやクラウスに非はないわ。ちゃんと気にかけてはもらっていたし、見届け人も探してくれると言ってくれたもの。私の心の問題だったのだから、気にしないで」


 二人の会話を聞いて、そうか、と思う。先の公爵とウラジミールが事故に遭ったのが確か九月だ。クラウスが還俗したのは年明けだったはず。フェルグラート家はシンシアのデビュタントどころではなかったのかもしれない。


「シンシアはデビュタントの衣装は作ったの?」

「ええ。結局試着しかしていないけれどね」

「それなら今度ルクレツィアと三人で私たちだけのお披露目会をしましょうよ。ルクレツィアと私も年がちがうから、一緒に着たことがないの」

「いいな」と賛同したのはジョナサンだった。「楽しそうだ。僕も参加しよう」


 すかさずシンシアと視線を交わす。ルクレツィア的にはラッキーだ。

「いいわね。ぜひやりましょう」と私。

「クラウスは持っていないだろう?」とジョナサンがアレンに尋ねる。「ウラジミールのを直して着られるかな?」

「さて」アレンは珍しく困り顔だ。「ウラジミール様のものは管轄にございません」

「母が触らせないのよ」とシンシア。「でもいいわ。処分してないだろうから、私が許可する!」

「よし、決まりだ」とジョナサン。「ウェルナー殿も参加するだろう?」

「いや、私は。さすがにこの年で成人の衣装は恥ずかしい」

 確かに十三年も前だものね。

「そこは友人のために一肌脱ぐべきじゃないかな」とジョナサン。

「いや、彼は望まないと思う」苦笑いのウェルナー。

「あら、私は見たいわ」と私。「ウェルナー様の成人のお姿を見たことはないのですもの」

「お目汚しですよ」

「そんなことないわ」


 私たちがそんな話に花を咲かせているところに、ダンスを終えたクラウスがジョナサン妹を連れてやって来た。


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