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50・4いざ、亡霊

 火曜日。王太子妃の姉、里帰り。東翼にザバイオーネの亡霊が出ると聞かされる。

 水曜日。リヒターによると、庶民の間では亡霊騒ぎが噂になりつつあるという。

 木曜日。シンシアと亡霊に関する密談。

 そして今日、金曜日。ゲームでは主人公とクラウスが亡霊探索をする日。

 なぜか私は王宮に泊まっている。

 それというのも、姉夫婦の喧嘩が発端だ。


 昨日、シンシアの元から自邸に帰ると姉の夫であるオズワルド王太子が来ていた。そして姉と激しい言い争いをしていたのだ。

 里帰りなんて体裁が悪い。亡霊から逃げ出したなんて世間に知られたら、もっと体裁が悪い、と夫は妻をなじっていた。

 それに馬鹿兄が加勢して、神経図太めの姉が涙目になっていた。


 あまりに可哀想で、私は姉の味方をしたのだが。それが回り回って、東翼の姉の部屋に一緒に泊まり、亡霊が姉にはまったく何も害をなさないことを確認することになってしまった。


 まさかこれはクラウスと亡霊探索する布石じゃないよね、と若干不安があるものの、仕方ない。姉の部屋から出ないで過ごせば問題ないだろう。多分。

 一応シンシアには、この急展開を知らせる手紙を送っておいた。


 で、姉の大きなベッドに二人でもぐりこみ、とるに足りない話をしながら過ごしていたわけだ。


 さっきまで。


 窓の外は細い月が見えるだけの真夜中。

 何故かほろ酔い気味のオズワルドがやって来て、姉と亡霊騒ぎについて侃々諤々の議論が再開。

 そして今。激しい言い争いを通り越して、どういう訳かいちゃいちゃが始まった。


「あの。ここに未婚の妹がいます」

 と存在をアピールしてみたものの、まったく聞く耳なし。

「お姉さま!」

 と叫んでもわざとかなというぐらいにスルー。

 これはまずい、他の部屋を用意してもらおうと呼び鈴を鳴らした。


 だけど夫婦のいちゃいちゃは止まらない。とても侍女を待っていられる状況ではなくなってきた。

 仕方なしに早足で部屋を出た。


 左右に伸びる暗い廊下。明かりは灯っているけれど、不気味さ満点。

 これはどう考えても、ひとりで亡霊探索の展開ではないだろうか。


 いざ出陣!

 ……と言えたらかっこいいのだろうけど、さすがに怖い。たとえ亡霊が作り物だとしても。さっさと東翼を出て夜勤の近衛を捕まえるか、ルクレツィアの元へ逃げ込もう。


 ご令嬢ぶっていても仕方ないので、スカートをつまみ上げて……。


 と、そこで気づいた。私が着ているのは寝間着だ。オズワルドがやって来たから上にガウンは羽織っているけど、この格好で近衛の前には出たくない。西翼まで突っ走ろう。足元スリッパだけど。


 そうか。


 スリッパを脱いで両手に持って、再びスカートをつまみ上げる。完璧。

 私はふかふかのカーペットの上を裸足で音もなく走り出した。


 亡霊は偽物とわかっていても、こうしている間に後ろから来ているのではないかと考えてしまう。正面棟へ出る角目指して必死に走る。

 亡霊が出るのは東翼だけ。あちらへ入れば大丈夫。あそこまでは絶対に走りきる!

 その思いのままスピードをろくにゆるめずに角を曲がった。


 目前に何か、と認識したと同時にそれにぶつかり、激しい衝撃。弾き飛ばされる。


 が、床に転がることはなかった。


 あれ、と思い周りを見る。私の前にはジョナサンに抱き止められているクリズウィッド。

 これはもしや。

 私が転がらずに済んだのは。クリズウィッドのように抱き止めてくれた人がいるから。恐る恐るその人物を見上げると、やはりというか何というか、それはクラウスだった。


「……ありがとう」

 礼を言ってひとりで立つ。

「何でここに?」とクリズウィッド。

「ケガはないか?」とクラウス。

「なんて格好だ」とジョナサン。


 ジョナサンは私の手から飛ばされていたスリッパを拾って足元に置いてくれた。クラウスは上着を脱いで肩に掛けてくれる。


 息が切れ切れの中、私はなぜこうなったかを簡潔に説明した。三人はなるほどと頷きながらも、微妙な表情。


 一方で三人の方は亡霊探索だそうだ。ジョナサンが近衛兵としてではなく、個人的に亡霊と話をしたい(勇気ありすぎ!)そうで、クラウスとクリズウィッドは付き添いだそう。

 これゲーム展開だよね、きっと。ちょっと変質しすぎだけど。


 三人は顔を見合わせるとうなずきあった。亡霊探索は後回し、西翼へ行く私を警護すると決まった。何から? 亡霊からかな。

 だけど良かった。いくら私がご令嬢らしくなくても、真夜中の王宮をひとりで歩くのは、亡霊騒ぎがなくたって怖いもの。


 そうして何故かクリズウィッドに手を繋がれ、その反対側をジョナサン、クリズウィッドの向こうにクラウスという並びになった。そんな謎の一列で夜の王宮散歩だ。


 前にも攻略対象に挟まれて廊下を歩いたことがあったけれど、これは絶対に主人公ポジションだよね。どうしてこうなるのだろう。真夜中だから人に見られることはないだろうけど、ドキドキする。

 クラウスと二人きりの状況でないから、まだ不幸中の幸いかな。


 今夜で、ゲームにおける亡霊探索が終わるといいのだけど。


 廊下の窓ガラスに、クリズウィッドの向こうで黙って歩くクラウスの姿が写っている。

 一体彼はこの騒ぎとどう繋がっているのだろう。


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