50・3亡霊騒ぎの裏
「王太子妃殿下が里帰りされたと聞いたけれど」とシンシア。「もしかして東翼に、出た?」
「ええ。ゲーム展開?」
うなずくシンシア。
「……起こらないことを期待していたの。ダメだったのね」
彼女は深くため息をついて、どこから話せばいいのやら、と呟いた。
「そうね、まずは亡霊騒ぎからにしましょう」
それから彼女は今日初めて、くすりと笑った。
「主人公はね、本当に亡霊が出るのか確かめるために夜の王宮を探検するの。攻略対象と二人きりで」
なるほど。これならミステリーっぽい。いやオカルト?
「それはホラー系? 暗闇でいちゃラブ系?」
「両方らしいわ。主人公次第じゃないかしら」
「なるほど」
どうしてそんなことになるのかは、わからないという。
「これはね、絶対に阻止したいの」とシンシア。「どうも犯人を捕まえる場合と、亡霊は亡霊のまま怖がって終わる場合とがあってね、」
「『犯人』?」
思わず話の腰を折ってしまった。だが彼女は気を悪くすることもなく、うなずいた。
「犯人は侍従長らしいわ」
「ええっ!?」
王宮の行事から王族の私生活まで一切を取り仕切る侍従長。還暦を越してもなお伸びた背筋に鋭い眼差し、慇懃な態度。彼を前にすると、私も緊張するぐらいに貫禄がある。
なぜ彼が?と問おうとして思い出した。リヒターのくれた報告書によると、彼のひとり娘はかつて王宮で侍女をしており、三殿下の事故で一緒に亡くなっている。
だけど、それと今回の亡霊騒ぎとどう繋がるのだろう。ザバイオーネの存在を使って、父と国王を告発しているのだろうか。
「それでね」とシンシアは続けた。「犯人を捕まえると、クラウスルートでは絶対にバッドエンドになるらしいの」
「それは……」
つまり、クラウスも関わりがあるということ?
私は言葉を継げなかったし、シンシアも何も言わなかったけれど、彼女はうなずいた。
「だから進行表に書けなかったし、打ち明けたくなかったの。できれば起こらないでほしいと願っていたわ」
シンシアはクラウスに会うまでは、ゲームの裏で起きているのはクラウスとウェルナーの復讐で、それこそクラウスは王位を奪う計略なのではないかと考えていたそうだ。
「だけど実際に彼に会ったらあんな人でしょう? 王位に全く興味ないって確信しているわ」
うなずいて同意する。
「あなたたちもみんな優しい人たちだし、クラウスも楽しそうにしている。彼はあなたが自分のせいで窮地に陥ってはしょんぼりしている」
再びうなずく。……いまいち彼がしょんぼりしている姿は想像できないけれど。
「クラウスとウェルナーは真実を明らかにしたいけれど、その家族、つまりあなたたちね、までは傷つけたくないと考えていると思うの」
三たびうなずく。
「だからね、亡霊騒ぎはないと考えていたの。あなたたちを傷つけるだろうから」
そう言うと彼女は深く息を吐いた。
「でも起こった。クラウス、ウェルナー、侍従長の他にまだ誰かいるかもしれないわ」
「亡霊のセリフは知っている?」
「いいえ」
「『書類さえあれば! あの殺人の証拠! あれさえあればユリウスやラムゼトゥールの雑魚など黙らせられたのに!』よ」
「となると、鍵は事故の報告書かしら?」
「多分。でもウェルナーがやらせるとは思えないわ」
うなずくシンシア。
「もうひとりの調査官の関係者かしら」
私たちはお互いを見つめ合う。
「「ここで、えっくん?」」
私たちの声が揃った。
リヒターにもらった報告書をシンシアが広げる。
これ、私が持っているのを家族に知られたら大問題になるので、彼女に保管してもらっている。ルクレツィアも目を通し済みだ。彼女は字の汚さに目を見張っていたけど、そこはスルーしてくれた。
二人いた事故調査官の一人は、ノーマン・コックウェル。当時四十二歳で、近衛第四師団副長。親、妻子と死別。身寄りなし。
「隠し子とか?」と私。
「妻側に甥、姪がいるとか?」とシンシア。
「姪?」
「そう。乙女ゲームだし、『えっくん』だから男だと思っていたけど、そうじゃない可能性も考えたほうがいいと思う」
「そうか」
うなずくシンシア。
私はもう一度報告書に目を落とした。
「といっても女性だとしても、この報告書には『えっくん』に該当しそうな人物はいないかったわ」とシンシア。
「じゃあやっぱりこのノーマンさんの隠し子とか? 遠縁とか?」と私。
「どのみち捜し出すのは難しいわよね。二十年前だもの」とシンシア。
「もう一度リヒター?」
シンシアは何故か微妙な顔をした。
「彼が『えっくん』の可能性はない? あなたとかなり親しいでしょう? 隠しキャラとしては、ありそうじゃない?」
「それは私も考えたの」
考えたんだ、と呟くシンシア。
「だけど態度も言葉使いもかなりガサツで、いかにも下町の兄ちゃんって感じなの。『えっくん』のイメージではないし、王宮にいたら浮いて目立つと思う」
「そう」がっかりするシンシア。「『えっくん』は誰なのかしら」
女の子だとしても、皆目検討がつかない。
とりあえずこの疑問は先送りにすることにした。
「実際問題として、亡霊騒ぎはどう対処するのがいいのかしら。犯人が捕まらないほうが絶対にいいのよね」
「クラウス的にはね」とシンシア。
「ということはシンシア的にも、でしょう?」
彼女はうなずく。
「それなら私もよ。万が一主人公が亡霊を捜しに行くとまずいわよね」
にこりと笑みを浮かべたシンシアは、ありがとうと言ったあとに
「主人公は対策済み」と告げた。
実は亡霊探索日はわかっているという。だからその日に主人公が王宮へ行けないようにしたらしい。その日外務大臣邸で開かれる夜会に招待されるよう手を回し、主人公は出席の返事を返し済みだそうだ。
だけど外務大臣は父一派だ。どうやって?と尋ねると
「クラウスがね」といたずら気な表情のシンシア。
「どう説明をしたの?」
「魔法のワードがあるの。それを言えば一発で動いてくれるのよ。でもこれは秘密。知りたかったら本人に聞いてね」
ん? 『本人に聞いて』とは前にも言われた気がする。すっかり忘れていた。まあいいや。私が魔法のワードとやらを使うことはないだろう。
「主人公は足止めしてあるからいいのよ。問題はクラウス。新年会のあなたみたいに、誰か他の女の子が主人公ポジションに入って亡霊探索をしないかが心配なの」
なるほど。
「ねえ、アンヌローザ。毒を食らわば皿までって知っている?」
「知っているけど、どうして?」
「ここまで来ちゃったんだもの。クラウスと探索して来ない?」
「ええっ!!」
思わずのけ反る。
「嫌よ! 恐ろしすぎるわ! 色々と! 色々と! 色々!」
「そんなに色々言わなくても」
苦笑いのシンシア。
「だって協力を仰げる人がいないのよ。まだルクレツィアたちは知らないのでしょう?」
うなずく。それはさっき話してしまった。
「どうしてもその夜は王宮にいるらしいの。私、心配で」
「心配なのはわかるけれど、そんなことがクリズウィッドの知るところとなったら、二人の友情にヒビが入るわ、きっと。彼は結構狭量なのよ」
シンシアは口を開いたものの、しばらくそのままでいて、それから何も言葉を発しないまま口を閉じた。
「そうね。無理を言ってごめんなさい」
「私こそ、ごめんなさい」
クラウスの力にはなりたいけれど。深夜の王宮で、どんな理由があろうとも彼と二人きりというのは、クラウスにも大きなダメージのはずだ。
「それはいつなの?」
「明日。ちゃんとゲーム通り、明日起こってくれればいいのだけど」
シンシアは不安そうに視線を落とした。
ミニミニおまけ小話(全3回)
☆シンシアvsアレン☆
第③話
「そんなつもりではないわ」
だめ、泣きそう。
「わかったわ、ラルフに頼む」
「あの筋肉バカの堅物にスケートなんてできないでしょう」
おや、と思い顔を上げる。
「聞いてないかしら。この前クラウスたち三人で遠乗りに行ったでしょう? その時にスケートをして、みんなマスターしたそうよ」
アレンの眉間にシワができる。仲間外れにされた、なんて考えるタイプじゃない。どうしたのだろう。
だけどとりあえず、
「だからラルフに頼むわね」
と話を終わりにして、カップを口に運んだ。
美味しい。
うちに来たばかりのころ、三従者が淹れるお茶のまずさは破壊的だった。
そこからみんな努力して上達したけれど、アレンは群を抜いている。
卓上に用意されたお菓子も、美しく盛られている。他の二人じゃこうはいかない。
アレンは意地悪でドSだけど、こういうセンスはある。そのセンスを私に披露してはくれる。それだけで我慢しないといけないようだ。
「わかりました」
と冷ややかな声。無言でうなずく。
私もアンヌみたいにデート(風のお出かけ)をしたかった。
「いつ行きますか」
「ラルフに都合を聞いてみるわね」
「ラルフは結構」
「だってクラウスに皺寄せがいくのは悪いもの。彼の休みに合わせるわ」
「ラルフに頼む必要はありません」
お菓子から目を上げてアレンを見る。仏頂面は変わらない。
「明日にしますか?」
ゆっくりと瞬く。
これは、アレンが一緒に行ってくれるということだろうか。
それとも私の行きたい日に空いている人を行かせる方式なのだろうか。
確認したい。だけど『アレンが行ってくれるの?』なんて尋ねて、またブリザードのような目で見られるのは嫌だ。
「明日でいいですね」
アレンは勝手に決めると、必要な物を確認してくると言って部屋を出ようとした。
「待って!」
「なんですか」
ああ、結局ブリザードのような目で見られてしまった。負けるな、自分。
「……アレンが一緒に行ってくれるの?」
「ラルフもブルーノもしばらく仕事が詰まってますから」
そう言ってアレンは今度こそ、部屋を出て行った。
もう一度ゆっくりと瞬いて。
それから
「夢かしら!?」
と頬をつねってみた。




