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50・2シンシア予想

 結局、姉が避難して来た翌々日にシンシアと会うことになった。彼女から、会って話したいとの手紙が届いたのだ。


 手紙のやり取りはもう直接している。私の濡れ衣を晴らすために社交界デビューを早めたという話に母が感動したようで、浅い(!)交遊は認めてくれた。

 フェルグラート家も私を、引きこもりのシンシアを外に引っ張り出した功労者と思ってくれているそうだ。


 おかげで今回は正々堂々とフェルグラート邸を訪れた。ちょっと、あれ?って顔をした小間使いやらなんやらがいたけど、気にしないでおく。


 おまけでシンシアのお母様にお会いした。先代公爵がお元気なころはたまに社交界でお見かけしていたが、その頃に比べてだいぶお年を召したように見えた。


 小ぶりのサロンに通され人払いが済むとシンシアは、

「母の老い具合に驚いたでしょう?」

 と悲しそうな顔で言った。

「兄が亡くなってから、すっかり塞ぎこんでしまって。しかもクラウスが戻ってきて、あげくにあの完璧貴公子っぷり。一応母親らしく振る舞ってはいるけれど、心中はかなり複雑みたい」


 どことなく言葉に引っ掛かった。

「お母様はクラウスに戻ってもらいたくなかったの? 跡取りが必要よね?」

 うなずくシンシア。

「私と自分の甥を結婚させて、甥を新当主にしたかったのよ。一方で事故の前、先の王妃殿下を介してシュタルクの貴族からクラウスを娘婿に迎えて跡継ぎにしたいという話が来ていたらしいの」

 それはリヒターが話していたやつに違いない。

「あちらの新宰相の?」

「そう。知っていたの?」シンシアは驚いた顔をした。

 ただ、ええ、とだけ答える。

「あちらは大国だし、家柄も財力も優れていて、かなり良い話だったらしいの。父は乗り気だったようよ。だけど事故が起きると殿下は、フェルグラートの跡取りがいないのならクラウスを呼び戻すよう、言ってきたそうよ」


 先の王妃殿下。

 確かその弟がシュタルクの貴族に婿入りをしていて、息子がいないからクラウスを……って話だった気がする。それなのに条件の良い実弟のところより、ひどい扱いをしていた義理の弟のところへクラウスを行かせようとしたの?

 おかしくない?


「結局、クラウスは誰の意思で還俗をしてフェルグラート家に入ったの?」

「自分で選んだ、と本人は言っているし、私もそう思う」シンシアは長く息を吐いた。そして。「彼にはここでやりたいことがあるから」


 そう言った彼女の顔はとても辛そうだった。

 カップを手にとり、ゆっくりとお茶を飲むシンシア。そのカップをソーサーに置いたところで、私は手を伸ばして彼女の手に重ねた。


「ショックを受けないでね、シンシア。彼が毒を盛られて、代わりに乳兄弟が亡くなったことなら聞いたわ」

 彼女は目を見開いた。


 私はシンシアの相談をリヒターにしたこと。そうしたら、私を慮って報告書に書けなかったことがあると打ち明けられたこと。覚悟をしてその話を聞かせてもらったことを、ゆっくりと説明した。


 話を聞き終えると、彼女は真っ直ぐに私を見た。長いこと黙っていたけれど、その目は何かを懸命に考えているように見えた。


「あなたの父親は悪人よ」乾いた声。「だけどあなたは悪人じゃない。私の大事な友達。クラウスもわかっている。そのことを決して忘れないで」

 ありがとうと応える声が震える。

 シンシアの片手に重ねた私の手。その上に彼女は空いていたもう一方の手を重ねた。


「あなたを信頼して、話す。ここだけの秘密にして。ルクレツィアにも。彼女にはまだ受け止める準備がないかもしれないから」

「わかったわ」


「恐らくクラウスとウェルナーは互いの大事な人を殺した犯人を明らかにしようとしている。けれどきっと成せない。頓挫するのか失敗かはわからない。ただその結果が、ゲームだとエンドで姿を消していることに繋がるはず」

「……つまり二人を消す要因は父たちね」

「そう考えられるわ」


 私は固く目をつぶった。


ミニミニおまけ小話(全3回)


☆シンシアvsアレン☆

第②回


「シェーンガルテン?」

 と繰り返したアレンは眉間にシワを寄せて

「行けばよろしい」

 と素っ気なく言った。


 うっ、と胸に痛みが走る。

 ああ、アンヌローザの優しい想い人が羨ましい。同じ片思いでも、この差だもの。


「あのね、この時期は池でスケートが出来るのよ」

 それはシェーンガルテンの風物詩と言われるぐらいに有名らしく、貴族や上流階級でも愛好者が一定数いるという。

 私は行ったことはないけれど、前世では大好きだったから、いつかはと思っていた。

 だから二つの夢を叶えるために勇気を振り絞ったのに、アレンは

「そうですか」

 とつれない。

 泣きそう。


「クラウスに尋ねたら、あなたたち三人の誰か一人を連れてなら、行ってもいいと許可をしてくれたの」

「なるほど」


 この許可、ひと月以上前にもらっている。だけど私が勇気が出なくてアレンに言い出せなかった。クラウスには『いつ行くのか』と問われては、気の毒そうな顔をされる、というやり取りを何度もしている。


「ブルーノとラルフは最近とくに忙しそうだし、アレンはどうかしら?」

 段々小さくなる声。ちょっと震えてしまった。

 アレンの視線が冷ややかだ。

「私ならヒマだ、ということですか」



③に続きます。


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