5・1近衛兵
夜会の翌日の土曜午後。再び王宮を訪れた。
ルクレツィアと約束をしている。今日の空は薄曇りで雨が降りだしそう。きっと建物内の談話室に案内されるだろう。
先導の侍従について歩いていると、前から数人の近衛兵がやってきた。休憩に入るところだろう。その中に、苦手な奴を見つけてしまった。
他の近衛兵が丁寧に挨拶をする中、彼は片手を上げて
「やあ、アンヌローザ」
と親しげに声をかけてきた。
「いやあ、昨晩の君は美しかった。なぜ僕に話しかけに来なかったんだい?」
「クリズウィッド殿下とのお話に夢中でしたから」
努めて冷たい声を出す。が、まったく効き目なし。
「気の毒に。あんなハズレと婚約させられて。宰相殿も何をお考えなのか」
あんたより百万倍マシよ!と心の中だけで叫ぶ。
実際に叫んでも、このバカは私が照れていると思うだけ。なので
「父にそのように伝えます。では」
さっさと離れるのが一番の対策なのだ。
侍従がわずかに笑みを浮かべている。もちろん私と同じ気持ちでだ。このバカは大抵の人間に呆れられている。
だけど。驚くなかれ、なんと攻略対象なのだ。
ジョナサン・ワイズナリー。父親はワイズナリー侯爵で軍務大臣だ。自分は親のコネを最大限に使って、弱冠二十歳で近衛第八師団の師団長をしている。ちなみに第八師団は彼のために創設された。
彼の唯一の美点は容姿で、金色の巻毛に青い瞳のベタな王子様系だ。近衛兵だから剣術体術は学んでいるようだけど、厳つすぎずに程よい筋肉具合。ゲームでは俺様系で、クラウスに次ぐ人気だった。
でも実際はただの勘違い野郎。口さえ開かなければいい男なのに。残念だ。
去りかけの私の手をジョナサンは取った。まずい、指先に口付けられる!
慌ててハエを振り払うかのように、手を振り切った。
が、奴は
「君は変わらず照れ屋さんだなあ」と勘違い発言をかまして、「ではまた」
と去って行った。
触られた手をスカートで拭く。
あのバカは見目よい女が大好きで、世界の全ての女が自分に憧れていると信じて疑わない。
女たちが欲しているのは、ワイズナリー侯爵夫人という肩書きだけなのに。
ある意味哀れな人か。
ゲームのジョナサンは、主人公がクリズウィッドとハッピーエンドを迎えると、死んでしまうらしい。なんでなのかは知らない。そこまでゲームを進めていなかったし、ネット情報もまだ詳しく見ていなかった。ただ荒れたスレッドを見た記憶があるだけ。
あんな奴でも二十歳の若さで死ぬのは気の毒だから、回避できるなら多少の助力はするつもり。
ただ、気を付けないといけない。ジョナサンルートでも私は悪役令嬢だからね。理由なんてない。ただ主人公が気にくわないから。それだけ。ひどいもんだ。
◇◇
侍従にルクレツィアの部屋に通された。久しぶりだ。以前はよく来ていたけれど、クリズウィッドと婚約をしてからは、西翼の住人しか使わない小さなサロンばかりだった。
ひととおりの挨拶を済ませると彼女は、
「アンヌったら、なんでそんな顔をしているの?」
と尋ねた。そんな顔?と聞き返すと、
「苦虫を噛み潰した顔よ」
と言う。
「それはね。きっと先ほどジョナサン・ワイズナリーに会ってしまったからよ」
「まあ」
ルクレツィアは口元を押さえながら曖昧な笑みを浮かべた。あの能天気はもちろんルクレツィアも自分を好きだと思っている。
「それはついていなかったわね」
「本当。黙っていればいい男なのに。残念な方だわ」
「辛辣ね」
コロコロと笑う彼女はとてもかわいい。
「ジョナサンはあなたと結婚すると信じていたようですものね。宰相殿がお兄さまを選んだのは意外でしたけど、彼を回避できたのは良かったわ」
私は力強くうなずいた。
今の王宮で一番の権勢を誇っているのが父で、次が陛下。なぜそうなのかは長く分からなかった。だけどこの前のルクレツィアの話から、予測はついた。
で、その次はワイズナリー侯爵だ。
この状況からジョナサンだけでなく、大抵の人間が彼と私は政略結婚をするのだと考えていた。
たださすがの父もジョナサンのおバカさ加減が心配だったらしくて、他の婿を懸命に探していた。それをワイズナリー侯爵は不満に思っていたようだけど、どうせ最後は息子を選ぶしかないと考えていたようだ。
父がクリズウィッドを選んだことは、誰にとっても予想外だった。
ジョナサンはプライドを傷つけられただろう。だけどそれでも彼の中での私は、望む男との結婚が出来ない可哀想な娘、なのだ。
☆お知らせ☆
土曜・日曜は、21時と22時の2回、アップをします。
お読み下さり、ありがとうごさいます。
またブックマーク、感想、大変嬉しいです。
前作は1話が長すぎて読みにくかったので、この作品は短くするようにしました。
そうしたら、まったく話が進ません。
とりあえず書きためてあるので、1話の長さは変えずに、週末に二回更新にしてみます。




