50・1新たな『ミステリー』
リヒターと墓地で話をした翌日、シンシアに手紙を出した。
ゲーム後半にミステリー要素がないことが気になる。もしやルクレツィアと私に話しづらいことが何かあり、シンシアがひとりで対処しようとしていないかと心配だ。
そんな内容だ。そして最後は、無理に打ち明けてほしい訳ではない。ただ私たちのことで悩まないでと結んだ。
返事は数日経ってから来た。ありがとう、時間を下さい、とだけ書いてあった。
◇◇
その手紙をもらった数日後。王太子妃の姉が、もっともな理由をつけて子連れでラムゼトゥール邸に泊まりに来た。
そんなことは異例中の異例だという。すわ離婚かと社交界で噂されてしまうからだ。
だけれどその危険を冒して帰って来た姉は、すっかり怯えきっていた。
なんと王宮にザバイオーネの亡霊が夜な夜な出るという。それも東翼だけ。
彼は自死後に罰として斬首され、その首は裁判所の前に三日間さらされた。その首を小脇に抱え、床に血の跡をつけながら毎晩のように廊下を徘徊しているという。
そして
『書類さえあれば! あの殺人の証拠! あれさえあればユリウスやラムゼトゥールの雑魚など黙らせられたのに!』
と恐ろしい声で呟いているそうだ。
実はこの亡霊は年初から出ていたらしい。だけどセリフの内容が内容だから、箝口令が敷かれ、漏らした者は即刻処刑だという。だからお喋りな使用人も沈黙を守り、一般には知られなかった。
姉はずっと恐ろしさに耐えていたらしいのだが、もう限界だとうちに帰って来たのだった。
両親や兄は当然この件を知っていて、ずっと姉を宥めていたらしい。だけど宥められたからといって亡霊が消える訳じゃない。
帰って来た姉は、私を捕まえてひたすら愚痴を言い続けた。亡霊の声を毎晩のように聞いたという姉は、顔色も悪くかなり参っているようだったから、私もおとなしく聞き役に徹した。
彼女の話では、亡霊は東翼にしか出ないため、西翼の三人は知らないだろうとのことだ。亡霊が出始めてからは、夜の東翼は関係者以外立ち入り禁止にしているので、貴族たちにもバレてないはず、という。
近衛師団が見回りを強化しているそうだけど、亡霊が彼らの前に現れることはないそうだ。姿を見たことがあるのは、数人の使用人とユリウスだけ。声は何人も聞いている。血の跡の目撃者は多数。
この件が、シンシアが隠していることだろうか?
姉が帰って来た翌日、リヒターに『最近裏町で、王宮のことで話題になっていることはある?』と尋ねた。言葉はかなり慎重を期したつもりだ。
だけどリヒターはすぐに、亡霊騒ぎだろ?と答えた。
どんなに箝口令を敷いたって漏れるんだよ、だって。
すでに恐怖から王宮を去った使用人は何人もいるという。毎朝廊下の血の跡の掃除をさせられれば、嫌気がさす者だっている。
何も知らないのは呑気な貴族たちぐらいで、むしろ庶民界隈で、王宮は亡者の住処だと噂になり始めているそうだ。
元々国民からの人気がゼロのユリウスが、在位二十周年の記念式典に税金を投入することに、庶民は憤っているのだ。そこにこの亡霊騒ぎだから、式典に良い添え物だなと、溜飲を下げているらしい。
それにしても。
亡霊って血という物理的痕跡が残せるものなんだ。
知らなかった。
いつもお読みくださりありがとうございます。
オカルト嫌いの方がいらしたら、申し訳ありません。
お詫びにミニミニお口直し小話(全3回)です。
お読みにならなくても本編に影響はありません。
☆シンシアvsアレン☆
第①話
ちらりと目前でお茶を淹れているアレンを盗み見る。
ニンナが風邪でダウンし、彼女の代わりに今日はアレンがお茶の係りだという。
この好機に、前々から温めていた計画を今こそ実行に移すのだ!
「ねえ、アレン」
しまった、声が上ずった。アレンは変な生き物を見るような表情で私を見た。
「どうぞ、お茶です」
差し出されるお茶。
「あ、ありがとう。あのね、アレン」
「なんですか?」
ああ、この不遜な態度。どっちが下の立場かよくわかる。いや、負けてはダメだ。
「シェーンガルテンに行きたいの」
よし、言えた!
②に続きます。




