49・1平和な後半戦
午後に第一回悪役令嬢の集いを終え、満足感に浸りながら反芻する。
就寝前のリラックスタイム。リリーが用意してくれたホットミルクを両手で包み込みながら、暖炉の中で揺れる炎を見るとはなしに見る。
今日はとても良い一日だった。ゲーム対策の話し合いは有意義だったし、単純に女子会としての楽しさも最高だった。
心の奥底ではみんな、悪役令嬢としての『結末』を迎えることにならないかとの不安を感じているだろう。だけど不思議なことに、三人揃ってこれだけがんばっているのだから、なんとかなるのではないかという気もするのだ。
その根拠のないお気楽さは、恐らくクラウスによるものだと思う。
以前シンシアが話していたけど、あの人はよく周囲を観察しているし冷静だ。状況をしっかり把握して判断を下せるだろうから、私やルクレツィアを主人公を苛めた悪人と断罪することはないだろう。もし誰かがそんなことを言い出しても、彼は反論してくれるに違いない。
もちろん、クリズウィッドも。
怖いのはゲームの強制力で、どうにもならない状況にならないかということ。とくにルクレツィアと刺し違えるエンドだ。
このままいけば、きっとバッドエンドだとシンシアは言う。だから次の集いの議題はその対策にする予定だ。
ゲーム後半は怪文書や殺人といった暗い事件がないから、それが救いだ。クラウスやウェルナーが疑われるのは、辛かった。やつれていくジョナサンは見るに耐えなかったし。
時々見かけるペット扱いのルパートは、複雑な気分だけど。でも表情は常に不機嫌ではあるけれど、ジョナサンのようにやつれることもないから、それほど心配することはないのかもしれない。
後半戦の王宮は平和で良かった。
そう考えて、ふと違和感を覚えた。
平和?
おかしくないだろうか。
この世界はゲーム『王宮の恋と陰謀』。キャッチコピーには『ミステリー風味』とあった。
それなのに後半戦が平和? 『陰謀』と『ミステリー』はどこに消えたの?
もたれていた背を起こす。
シンシアが書いてくれた進行表に、不穏な出来事は一切なかった。どうして?
本当に何も起こらないから?
ゲーム未プレイのシンシアが知らないだけ?
それとも知っている上で、書いていない?
その考えに慄然とした。
「お嬢様」
リリーの呼びかけに、我に帰る。
彼女の声が固い。目をやると、表情もだ。
ゲームのことは後回しだ。切り替えないと。
「どうしたの?」
と尋ねる。彼女がそんな様子を見せることは稀なのだ。不安になる。
「実は」彼女はエプロンをキュッと握りしめた。「あの『彼』のことなのですが」
あの『彼』?
ちょっと考える。それから
「警備隊の『お友達』のこと?」
と尋ねると、彼女は小さくうなずいた。
「お嬢様にあんなに苦しい思いをさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
いいのよ、と言う。
「それなのに、あの」リリーは掴んだエプロンを更に強く握りしめている。「その、実は、ずっと謝られ続けているのです」
「『お友達』から?」
うなずくリリー。
あれから三週間ぐらい経つ。
「お嬢様の気持ちを考えなかった、思いやりがなかった、と。反省はしているようです」
「良かったじゃない。余程リリーとの縁を切らしたくないのね」
にっこり笑うと、彼女は夜目でもわかるぐらいに真っ赤になった。これは彼女はまだ彼が好きなのだろう。
「私はもう気にしていないから、仲直りをしてね」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ」
「その」と、彼女はまた言いよどんで視線を床に落とした。それからきっと顔をあげて私を真正面から見た。
「結婚を申し込まれたんです」
「えっ」
「妻になってほしいと思っているって。だから私を諦めたくない、と」
リリーの顔を見つめる。
警備隊は忙しい。その妻になるなら、住み込みの小間使いは辞めないといけないだろう。
リリー。生まれた時からずっと一緒にいた。私の姉のような、一番信頼できるひと。私の嫁ぎ先にも当然来てくれるものだと思っていた。
涙が浮かぶ。
「おめでとう、リリー。あなたがそばにいなくなるのは淋しいけれど、あなたが幸せになることは例えようがないほどに嬉しいわ」
「……よろしいのですか?」
テーブルにカップを置くと立ち上がって彼女の元へ行き、力いっぱい抱き締めた。
「当たり前じゃない!」
リリーが私を抱き返す。
「アンヌローザ様!」
二人で抱き合いながら、わんわん声を上げて泣いた。
お読み下りありがとうございます。
おまけ小話です。
読まなくとも本編に影響はありません。
☆元残念イケメンの活躍☆
(ジョナサンの話です。少し前の新年舞踏会になります)
年に一度の真夜中の鐘が鳴った。新年だ。両脇の女の子たちと祝いの言葉を掛け合う。
ややもして止まっていた音楽が再び流れ出して、広間は普段と変わらない様子に戻った。
女の子に、踊るかい?と声をかけようとして、ふと視界に銀髪が入る。クラウスだ。
僕が唯一顔で勝てないと認める男。しかも向こうが良いのは顔だけでない。年が同じ分余計に腹が立つ。
ま、同じフィールドに立たなきゃいいのだ。あちらは文官、僕は武官。
それに、いい奴だ。
今夜はいつもみたいに取り巻き軍団に囲まれていない。ひとり一時間ずつ順番にエスコートをすると聞いている。
それもこれも妹のデビュタントをエスコートするのが原因だ。
派手に遊んでいるように見えるけど、実は真面目で誠実だ。
何であんなに女性を侍らしているのか不思議だが、多分、還俗したときに浮かれてあちこち手を出してしまったのだろう。
今もエスコートしている女性に笑顔を向けているけど、目が死んでいる。気の毒に。
両脇の女の子たちに断って、歩み寄る。
「クラウス」
声をかけると、彼の連れが嫌な目付きを向けて来た。邪魔をするなと言いたいのだろう。だけど僕だと気付いて、慌てて笑みを浮かべている。クラウスの妻になれなければ僕を、と考えているからに違いない。
「クリズウィッド殿下が探していたぞ。緊急みたいだ」
連れの女性に笑みを向ける。
「悪いね、彼を少し借りるよ。それからクラウスばかりじゃなくて、後で僕とも踊ってくれよ」
そう言って彼女から離れる。ついでに広間も出た。まだこちらの方が人が少ない。柱の陰に入ってもたれる。
「助かった。だがそんなに顔に出てたか?」
クラウスは苦笑いを浮かべている。
「いいや。死んだ魚の目をしていたぐらいだ」
「そりゃまずい」
「少し女性たちを整理したらどうだ。で、こちらに回せ」
「……それは無理だな」
「どうして。あんなに沢山必要ないだろう」
クラウスはため息をついた。
「必要はないがな。お前には回せん。確実に恨まれる」
「そんなに僕は不人気物件じゃないぞ」
「そういう意味ではない。お前も結構な鈍感だよな、って話だ」
「意味が分かるように話せ」
「そのままだよ」
僕は頭が回る人間ではない。が、愚鈍とかそういう意味ではないだろう。彼は友人を貶めるような事は決して口にしない。
「本当に助かった。息抜きをしてくる」
クラウスはそう言うと、柱の陰を抜け出して廊下の奥へ消えていった。
まあいいか。広間に戻って楽しもう。
そうだ、今日はまだルクレツィアとちゃんと話していない。新年の舞踏会だから、きっとドレスを新調しているだろう。
一言褒めてこないとな。
もっともルクレツィアは何を着ても可愛い。きっと心根が素晴らしいから、何もかも素敵なのだろうな。




