48・1今度こそ、悪役令嬢の集い
「それでは。これより、第一回悪役令嬢のつどいを始めます」
ルクレツィアの開会宣言に、シンシアと私は拍手を送った。
王宮、西翼、ルクレツィアの部屋。
たっぷりのお茶とお菓子。
侍女たちに下がってもらい、私たち三人だけ。
ついにこの日がやってきた。
今日の議長はルクレツィア。次回の開会宣言と議長は私。その次がシンシア。とりあえず年齢順にしてみた。
なぜ今頃第一回なのかというと。
シンシアがプチ・ファータでルクレツィアに初めて会ったのが十月半ば。それから間もなくして私が王宮出入り禁止となり、それが明けた日にワイズナリー事件が起こった。それからしばらくは王宮内に落ち着きがなく、とてもではないが侍従、侍女抜きで会合できる雰囲気ではなかったのだ。
こんなに浮かれた気分でする内容ではないのだけど、ようやくこの日を迎えられたことには気分が上がってしまう。シンシアの引きこもりの原因を聞いたときには、三人揃うのは無理にちがいないと思ったのだから。
まずは私が手紙を出して、便箋を卓上に広げた。雑貨店で励ましてくれたあのご令嬢たちからのものだ。
あの後に一回、クリスマス後に一回、喫茶店でシンシアと四人でお茶をした。甘いもの好き、可愛らしい雑貨好きという共通点があったおかげで話は盛り上がり、親しくなった。
その彼女たち、マリーとテレーズは新年を迎える舞踏会でジュディットに声をかけた。この手紙はその報告のようなものだ。
ジュディットはどこのクリスマスパーティーにも招かれなかったらしい、という話が発端だった。
マリーとテレーズは共に男爵令嬢。特段秀でている家業がある、ってこともない。社交は同じような家柄がメインで、王宮やハイクラスが開く会には必要最低限顔を出すだけ。それもやはり、同じような家柄の人の輪にいるそうだ。
ジュディット・ゴトレーシュのことは知っているけれど、あちらは伯爵令嬢。二人から声をかけたことはないし、あちらからもないという。
しかも見かけるときは大抵ハイクラスの青年の輪にいる。そうでないときは、やはりハイクラスで、二人があまり近づきたくないようなご令嬢たちに囲まれているそうだ。
だからマリーとテレーズ、その友達の間でジュディットは、『近づきたくないご令嬢』に分類されていたらしい。
そしてジュディットは、社交界を楽しんでいると思っていたそうだ。
彼女がクリスマスパーティーに一切呼ばれず、ひとりで王宮にいて、ジョナサンにパーティーに連れていってと頼んだという噂を耳にするまでは。
そう、あの事は翌日には社交界で噂になっていた。情報元はジョナサン兄弟を先導していた侍従のようだ。
主人公の話題が二人から出たので、彼女がハイクラスの青年とばかりいるのは義父の指示らしく、本当の友人は全くいないようだという話をした。
すると二人は顔を見合わせて、気の毒な方なのかしら、と言った。そして年越しの舞踏会で、彼女に話しかけてみましょう、ということになったのだった。
そしてその結果が、この手紙だ。
主人公はマリーとテレーズを最初は警戒していたらしい。苛められるかバカにされると考えていたようだ。
そこへゴトレーシュ伯爵がやってきて、娘の耳に囁いた。男爵令嬢ごときと話していないで良い男の元へ行け、と。伯爵はお年のせいか、囁いている様子に反して言葉は丸聞こえだったそうだ。
主人公は二人の元を去る前に、
「アンヌローザ様をどう思っていますか?」
と質問をしたという。二人とも褒めてくれたようだ(恥ずかしいから詳細は省く!)。すると主人公は
「何が真実かわからないわ……」
と暗い表情で呟きながら青年の輪に向かっていったそうだ。
手紙は、ゴトレーシュ伯爵令嬢はやっぱりお気の毒な方みたい、と締められていた。
手紙を読み終わるとルクレツィアとシンシアは、うーんと唸った。
「主人公はあなたを本当に悪女だと思いこんでいるだけなのかしら」
「今までのあれこれに悪意はなかったのかしら」
そして二人は声を揃えて、
「なんだか気の毒ね」と言った。
「だからと言って、彼女を許せるわけではないけれど」とルクレツィア。
「廊下の待ち伏せなんて、ホラーよね」とシンシア。「クラウスがめちゃくちゃぼやいていたもの。ブルーノとラルフに」
「そうなの?」とルクレツィア。
「ええ。クラウスはうんざりしていたわよ。ゴトレーシュ伯爵に自分とあなたに関わらないように言うか悩んでいたわ。でも火に油を注ぐだけってブルーノに言われて諦めたみたい」
「諦めてくれてよかったわ」
そんなことをされたら、ますます主人公に『お気の毒な公爵様を惑わさないで』と言われるかもしれない。
「『あなたのすることは全部裏目に出ている。かえって嫌われているわよ』と私が告げたらどうなるかしら」とシンシア。
「やめて。それであなたまでクラウスルートの悪役令嬢になってしまったら大変よ」と私。
「なるかしら?」
「ゲームと違うことが起きているもの。用心するに越したことはないわ」とルクレツィア。
「そういえば、ルクレツィアはあまり悪役令嬢になってないような気がするわ」
私の言葉に彼女はうなずいた。
「あなたが出禁になっていたときに、それらしい噂が流れたぐらいね。あなたはあれこれ起こっているのに、なぜかしら」
「不思議ね。いえ、もしかしてルクレツィアからシンシアへ移行ってことがあるかもしれないわ!」
私の言葉に二人は顔を見合わせた。
「そんなことがあるかしら?」
「……可能性はなくはないわ」
そう言うと、気まずくなって目を伏せた。
実は、恐らくは主人公に起こるイベントが私に起こったのだ。




