47・1大晦日
ノイシュテルンの貴族や上流階級は大晦日の過ごし方が決まっている。
劇場で素敵なコンサートを堪能し、それから年越しパーティーに繰り出す。年越しパーティーもあちこちで開催されているけれど、一番格式高いものは王宮のもの。都に住むほとんどの貴族と主だった上流階級が招待される。
私は年越しパーティーは二回目の参加だ。昨年は零時を迎える前に疲れてしまって、ルクレツィアと彼女の部屋に下がってしまった。今年はがんばって広間で過ごす予定。
◇◇
クリズウィッドのエスコートで夜会会場に入ると、そこはすでに人で溢れかえっていた。
あちこちに挨拶をしながら、玉座まで行き、何事もなく一年を終えられることを国王に感謝する。それが終わってようやく自由時間だ。
二人でいつもの席に行くと、ルクレツィアとシンシアが並んで座り、その前にはウェルナー、脇に控えるようにアレンがいた。
挨拶を済ませ、
「クラウディアは?」
と尋ねると、ルクレツィアとクリズウィッドは笑みを浮かべて声を揃えた。
「フィリップと一緒」と。
どうやら約束を果たしたらしい。
というかジョナサンは?
それからクラウスは?
もっともアレンが貴族のような服装で脇に控えていることから、クラウスはシンシアの元にいないと最初から決まっているのだろう。
「アレンはよく似合っているわね」
と声をかける。アレンは恭しく礼を述べた。
「クラウスの服なのよ」とシンシア。「背格好が似ているから、あつらえたようにぴったりでしょう?」
本当に、他人の服を着ているとは思えない。サイズ感もそうだけど、アレン自身に上流階級の雰囲気があるためのようだ。彼は身のこなしが、主人ほどではないけれど、優雅だ。
やっぱり『えっくん』の第一候補じゃないだろうか。かなりご夫人、ご令嬢の視線を集めている。
これはシンシアも気合いを入れないと、まずいのではないかな。
なんて考えていたら目前を、両脇に女の子を侍らせ鼻の下を伸ばしたジョナサンが通って行った。こちらにはにこやかに挨拶したけど……。
ルクレツィアは曇った顔を伏せている。
「軟派はそうそう変わらないな」
とクリズウィッドが呟いた。
父君のことが一段落ついたせいなのか、どうやら以前のジョナサンに戻ったらしい。
……グーで殴ってやりたい。
とはいえルクレツィアが自分を好きだとは気づいてないだろうしな。
ため息をついて、親友に抱きついた。
「私、がんばるから!」
「なんでアンヌががんばるのよ」
苦笑するルクレツィア。
「だって親友の恋は上手くいってほしいじゃない」
にっこり笑う。ジョナサンの中で、ルクレツィアの好感度はあがっていると思う。希望はあるはず。
「私もがんばるわ」
とシンシアも同調する。
その耳にこそっと
「ルクレツィアの恋の手助けを? 自分の恋を?」
と囁くと
「両方!」
と真っ赤な顔で返された。
悪役令嬢三人で楽しく盛り上がる。
「ところで今日はお兄さまはどうしたの?」
とシンシアに尋ねると、
「なんだか他の方々をエスコートしないといけないみたい」
と首を傾げながらの答えだった。
くすりとウェルナーとクリズウィッドが笑う。
二人によると。来月の舞踏会でクラウスはジョナサン妹のエスコートをすることになっている。だが彼は今までシンシア以外誰一人、エスコートをしたことがないそうだ。それで取り巻きたちが、ズルいと騒ぎ始めたらしい。
配慮が細かいクラウスは、このままだとジョナサン妹が取り巻きたちに嫌がらせを受けると考えて、今日は彼女たちを順番にエスコートすることにしたらしい。
その順番はくじ引きで、見事一番を引き当てた方は、屋敷へのお迎えとダンスも一番目の特典付きだそうだ。
詳しい事情を聞いてなかったらしいシンシアはため息をついて、
「苦労してるのね」
と呟いた。
「自業自得さ」とクリズウィッド。「女性たちを侍らせているのは彼自身だ」
「……そんな人には思えないのだけど」
シンシアは、私とルクレツィアにしか聞こえないような小さな声で言った。
それからにこりと微笑んで、普通の声音で言った。
「屋敷ではね、三従者とよく遊んでいるの」
「何をして?」とルクレツィア。
「大体はカード。ボードゲームもしてるわ。時々ブルーノ対ラルフで体力勝負もしてるみたい。キャキャッしちゃって、まるで男子中学生のノリなのよ」
「意外ね」と私。
「男子ナンとかとは何だ?」とクリズウィッド。
「お兄さまたちには秘密よ」といたずら気な表情のルクレツィア。
「年齢はそれぞれだけれど、元修道士同士で気が合うのかしら?」
「さあ。クラウスはああ見えて体を動かしている方が好きみたい。よくブルーノとラルフと遠乗りも行くし」
「あいつは馬に乗れるのか?」とクリズウィッド。
うなずくシンシア。
「できないことはないのか。完璧すぎるじゃないか」
ということは、クリズウィッドは親友が並々ならぬ努力をしていることを知らないらしい。
「というか、いくらブルーノたちを連れているとはいえ、遠乗りは危険じゃないのか? どこまで行く? まさか都は出ないだろうな?」
急に表情を変えたクリズウィッドに、シンシアは戸惑った顔で、さあ、と返事した。
ウェルナーがちらりとアレンに目をやった。
「近場です」とアレン。「気晴らし程度ですから、危険はございません」
「それならいいが。ワイズナリーのこともある。物騒だから気をつけてくれないとな」
「ご高配、痛み入ります」
そんな会話をしながら、時たまフロアに踊りに出たり、雑貨店で励ましてくれた新しいお友達とお話をしたりしているうちに、夜は更けていった。
そうして年に一回だけの深夜零時の鐘がなった。
ルクレツィア、シンシア、クリズウィッド、ウェルナー、おまけのアレン、やや遅れてやってきたクラウディアとジョナサン弟と新年をお祝いしあう。
それから新しい年最初のダンスを私はクリズウィッドと、シンシアはアレンと、ルクレツィアはウェルナーと踊った。
クラウディアとジョナサン弟は、何やら言い合いをしていたけれど、弟がクラウディアを強引にフロアに連れ出していた。
踊っているときに、ジョナサンが女の子たちに囲まれて話している姿と、クラウスがどちらかのご令嬢と踊っている姿を見かけた。
出来たらジョナサンにルクレツィアを誘ってほしかったのだけど。自然に誘導する方法が思い付かなかった。
ダンスが終わると、シンシアとアレンは帰って行った。クリズウィッド、クラウディア、ルクレツィアはなぜだか国王に呼ばれて行き、ジョナサン弟は姿を消した。
私はちょっと疲れていたので、ウェルナーに断って広間を一人で出た。
廊下も、周囲の部屋も招待客でいっぱいだ。疲れて休んでいる人も、いちゃいちゃしている人もいる。
こういう時の穴場をひとつ、知っている。社交界デビューをした頃、クラウディアに教えてもらった。
同じ階にある、肖像の間だ。歴代国王の肖像画や像が飾ってあるのだが、それが不気味だと不人気らしい。
扉を開けて中へ入る。灯りはないけれど、窓から満月の光が入っていてそこそこ明るい。
広間からの軽快な音楽が微かに聞こえてくる中、長椅子に座って休もうと、部屋の中央に鎮座するそれに近寄った。
……近寄ったらば。長椅子のひじ掛けから二本の足がはみ出ていた。横になっている人物の見開かれた目が、こちらを見上げている。
「え……っと」
なんて声をかけるべきか迷う。
足の主クラウスはばつが悪そうな顔で起き上がった。




