4・2推し
新公爵は玉座に座るユリウス国王の前に出ると、片膝をついて頭を垂れた。広間中の人間が息を飲む。
本来ならば彼は二年前に国王に即位しているはずだった。だがそれを放棄しユリウスを国王として戴くと、態度で示したのだ。
無難に招待されただけのはずの舞踏会で。
一方でユリウスは、恐らくは取り次ぎ役を任ぜられた伯爵が公爵の紹介をしても、間抜けヅラで目前の青年を見つめていた。そばの近侍に促されてようやく夢から覚めたような顔をして、声をかけ、新公爵を立ち上がらせる。
双方の間に横たわる問題を微塵も感じさせない空々しいやり取りが終わると、ユリウスは、夜会を楽しみたまえとのセリフを残して立ち上がった。そしていそいそと広間を出て行き、父や愛妾、取り巻きたちが後を追った。
彼らが姿を消すと、新公爵はあっという間に囲まれた。クラウディアもいる。なんて素早いんだ。
「瓜二つじゃないか」
そんな声が聞こえた。
「これほどまでとはな」
「これは焦るだろう」
「大丈夫なのか」
目をやると近くで三人の年配の貴族が、新当主を見ながら小声で話している。
「どなたに瓜二つなのですか」
声をかけると三人は振り返った。私の顔を見てぎょっとして、目配せしあっている。
なんだろう? またラムゼトゥール家にとって不都合がある話なのかな。
「先の陛下にですか?」
と尋ねたのはクリズウィッド。三人はまた目配せをしてから、うなずいた。
先の陛下は、ユリウスの異母兄だ。
「先の陛下も彼の母君も、よく似た美しい兄妹だったとか」とクリズウィッド。「王宮が再び華やかになりますね」
三人は曖昧にうなずいて、そそくさと去って行った。その後ろ姿を見ていると、一人の青年と目が合った。攻略対象三人目のウェルナー・ヒンデミット男爵だ。彼は柔らかい笑みを浮かべて会釈した。私が会釈を返すのを見届けてから、彼はそばのグループの中に加わった。
今時点で、私たちと彼の接点はない。けれどゲームだと彼はクラウスの右腕で友人、クリズウィッドとも友人という立場だ。きっとこれから、そうなるのだろう。
接点はないけど、彼について調べてはある。
今年で二十八歳。爵位を継いだのは五年前。先代である祖父が病で全盲となったためだ。両親は既に他界。二人いる妹は嫁ぎ済み。いい年だけど独身で婚約者もおらず、都外れの屋敷に祖父と二人で住んでいる。
都に在中する男爵家の中でも末席らしく、財力は低く、仕事も冴えない税務署員。平民の署員と机を並べているようだ。ゲームではこの辺りは全く触れていなかったので、知ったときは驚いた。
けれど穏やかで人当たりよく、仕事もできるらしい。閑職のクリズウィッドと違ってきっちり働き、平民にも貴族にも友人は多いようだ。
髪は胡桃色、瞳は灰色。穏やかな顔立ちで、人と話すときはいつも口元に笑みを浮かべている。背は高くスタイルはいい。だけど観察の結果、運動神経は全くないと判明。代わりに楽器が好きらしい。
私は彼ルートでも悪役令嬢。
婚約者でも片思いの相手でもないけれど、主人公が彼に近づくのが気に入らないらしい。私、どんだけ狭量なんだ。
でも。
前世で私が好きだった対象は彼。
対象の中では最年長で、なおかつ地味キャラだから一般的な人気は低かったけどね。
もっともゲームと現実は違うのか、今のところ彼を好きになってはいない。いいなあと思っている程度。
だけどこれから彼がクリズウィッドの友人になって接点が増えたら好きになってしまうのだろうか。
ちなみに彼ルートで活躍する悪役令嬢がもう一人いる。
シンシア・フェルグラート。新公爵の異母妹だ。彼女は、聞いたところによると、亡くなった兄によく似た平凡顔の引きこもりさん。噂でも、私の調べでも、ほとんど屋敷から出ないらしい。
それがゲーム開始までに何が変わるのか。兄きっかけなのかな。
ゲームの彼女はウェルナーにストーカーまがいの付きまといをして、主人公の邪魔をする。
ウェルナー推しの私としてはやめてもらいたいから、今まで彼女に会おうと頑張ってきたけど、まだ会えていない。実際の彼女はどんな娘なんだろう。
視界にフルートグラスが入る。クリズウィッドが私に差し出していた。
「中身は白ブドウジュースだ」
「ありがとう」
彼はルクレツィアにも渡している。いつの間にか、王子自ら取りに行ってきたようだ。
何も言わずに、今度は自分の分を取りに行く。
クリズウィッドは優しい。うちの兄や父一派たちのような尊大で傲慢なところは微塵もない。
何度も言うけれど。
ゲームのことさえなければ、結婚してもいいかな、と思う。
お互いに敬意を払いあい、波風のない穏やかな日々を送れそうだ。




