46・3クリスマス会
やはり日本人が作ったゲームの世界だから、クリスマスは盛り上がる。あちこちでパーティーが開かれて、人によっては幾つもの会場をはしごする。
うちも毎年盛大なパーティーを開催して、父一派がプレゼントという名の貢ぎ物を持ってやってくる。
私はいつも最初だけ顔を出してさっさと退散。そして西翼のクリスマス会に行く。メンバーはもちろんルクレツィア三兄妹。
そこに今年はシンシアとクラウス兄妹、ウェルナーとジョナサンが加わるらしい。
ジョナサンは去年までは、はしご派だった。だけど今年は喪中だから、大人しく自邸で過ごす予定だったらしい。
ところが。クラウディアが口八丁でジョナサンを、西翼のパーティーへ参加させることに成功した。彼女は本当にすごい!
ついでにシンシアによると、ゲームでは主人公が赴くパーティーにクラウスも参加しているそうだ。
だがクラウスは西翼のパーティー以外に行く予定はないという。ゲームとは違う展開。このままだとバッドエンドまっしぐらな気しかしない。大丈夫だろうか。
◇◇
西翼の小さな広間に着くと。最初に目と耳に飛び込んで来たのは、言い争いだった。クラウディアとジョナサン弟の。
なんで弟がいるの?
招待したとは聞いていない。クラウディアも、図々しく来るな、と怒っている。
呆然とその様子を見ていると、主催者であるクリズウィッドがやって来た。挨拶を交わすと、
「弟のやつ、ジョナサンからクリスマス会をやると聞いて、突撃してきたんだ」
と苦笑いを浮かべた。
「参加させてあげたら?」
「勿論、許可済みだ。クラウディアがひとりで怒っているだけだよ」
なるほど。
「あれはあれで楽しんでいそうだから、放っておいてやってくれ」
そうなんだ。
確かにみんなほったらかしている。父のパーティーを抜けて来た私が最後の到着で、ルクレツィアはシンシアと並んで座って話しているし、ジョナサン・クラウス・ウェルナーはグラス片手に仲良く立ち話をしている。
よく見ると弟は頬がこけているし顔色も悪い。父を亡くし親友と溝ができてまだ間もないのだ。
クラウディアと侃々諤々のやり取りが気晴らしになっているのかもしれない。
ふむ。それなら私もほうっておこう。
今までのクリスマス会はみんなでプレゼント交換をしたのだけど、今年は参加者が倍増したのでそれは無しになった。クリスマスを感じさせるのは立派なもみの木とそれ仕様のお菓子ぐらいで、あとは和やかなパーティーだ。
一部、和やかさとほど遠いエリアがあるけれど。
頼りになるはずのクラウディアが弟にがっつりマークされているので、ジョナサンをルクレツィアに誘導するのは私の役目かと考えたものの、杞憂だった。
クラウスとウェルナーの連携プレーで、気づけば二人で話している。ルクレツィアは変わらず伏し目がちだけど、以前よりはまともな相づちを返しているし、そのおかげなのかジョナサンも饒舌だ。
ジョナサンもまだやつれてはいるけれど、一時期よりは良くなっている。年明けには正式に爵位を継いで侯爵となるそうだ。
そうしたらご令嬢たちの結婚したい男の首位に返り咲くかもしれない。ルクレツィアは今日が踏ん張りどころではないだろうか。
おまけで。クリズウィッドも出世した。ワイズナリーの空きを埋めるため新大臣の任命とそれに伴う人事異動があったのだけど、その余波なのか何なのか、彼は外務省の対シュタルク部署に移ったのだ。今度はお飾りの職ではない。
父は兄とオズワルド王太子に、お前たちの素行が悪すぎるせいだと怒っていた。確かにあちらの大使に対する態度は兄コンビより、クリズウィッド・クラウスコンビのほうが良い。大国の協力を得続けるためには、どちらが良いか明白だ。
パーティーもそろそろ終盤、という頃。
そういえば、とジョナサンが声をあげた。
「今日、こちらに来るときのことなんだが、ゴトレーシュ伯爵令嬢に声をかけられた」
その言葉に弟がうなずく。彼はずっとクラウディアのとなりで仏頂面を保っている。
「彼女は何をしていたんだ?」とクリズウィッド。
今日はクリスマス。皆どこかのパーティーへ行っている。王宮に来るのは、西翼のパーティーに参加する私たちぐらいだ。国王や王太子一家は毎年父様のパーティーに行く。今年も例外じゃない。今日ばかりはサロンも人がいないだろう。
「パーティーに全く招待されていないと言ってな」
「あら」とクラウディア。「それはさすがに気の毒ね」
「こちらのパーティーに一緒に連れていってほしいと頼まれた」
苦笑いを浮かべるジョナサン。
「……彼女は行動が突拍子もないな」
そう言うクリズウィッドは苦虫を噛んだような表情だ。
私たち悪役令嬢三人はそっと視線を交わした。
ジュディットは主人公だから自然とそんな行動をとってしまうのだろうか。
「ゴトレーシュ伯爵もなぜ注意をしないのだか」とクリズウィッド。
「もしかしたら伯爵自身が焚き付けているのかもしれませんよ。こちらには彼の標的が三人もいる」
ウェルナーの言葉に男性陣が、なるほどとうなずいている。
「だとしても狙いはお前だよな」
とクリズウィッドはクラウスを見る。クラウスはあからさまにうんざり顔だ。
「さっさと結婚相手を決めたらいいのじゃないか」
「そんな理由で決めたくない」とクラウス。
「あんたがさっさと決めてくれないと他の男たちが困る」と弟。「クラウディアは俺と付き合うからやらないぞ」
「勝手に決めないで」とクラウディア。
「約束を違えるな」と弟。「俺は絶対にお前を本気にさせてやる。それからポイ捨てだ」
弟はまだポイ捨て予定なんだ。そんなにくっついて座っているのに。
もう誰も突っ込まない。ジョナサンなんて聞いてもいない。
「そういえば彼女はまだ髪を結わないな。やはりゴトレーシュ伯爵の方針なのかな」とジュディットの話に戻った。
「ああ、それは」と声をあげたのはクラウディア。「うなじに火傷痕があるのですって。そのすぐ上は、少しらしいけど髪が生えてない箇所もあるから、結わないそうよ」
私たち三人はまた視線を交わす。ゲーム設定にはなかった。
火傷は女の子じゃなくたって隠したい。高襟だけでは難しいから、髪をおろしているということか。
「なんでそんなところに火傷したんだ?」と弟。
「昨年の初めに家が火事になったそうよ。火ではぜたものが直撃したんですって。その火事で家族をみんな亡くしてしまって。ひとりぼっちになってしまったから、ゴトレーシュ家の養女に入る決心をしたと話してたわ」
クラウディアってば、いつの間にそんなに詳しく聞き出したのだろう。どのみちこれもゲーム情報にはない。
「そうか、お前と同じ境遇なのか」
クリズウィッドが放ったセリフに、広間は一瞬で静かになった。
『同じ境遇』? 誰が? どういうことだ、それは?
クリズウィッドはクラウスを見ている。つまりクラウスが同じ境遇ということなの?
居心地の悪い沈黙が降りたためか、クリズウィッドははっとした顔をした。
「あ、すまない」彼は青ざめ狼狽している。
「……いや」と声を出したのはクラウスだ。「知っていたのか」
「ああ、まあ」まだうろたえているクリズウィッド。
シンシアは目を伏せている。
「……あなたも火事にあったの?」
尋ねたのはクラウディアだ。普段と同じ声音に聞こえる。クラウスはうなずいた。
「領地にいたときにな。屋敷は焼け落ちて使用人はみな死んだ。私だけが、偶然宿泊していた旅人に助けられた」
「それは……辛かったわね」
「子供の頃だ。よく覚えていない」
「そんな目にあったクラウスを両親は修道院に入れたのよ」シンシアは目を伏せたまま言った。「酷い親だわ」
「自分で選んだと言っているだろう」
クラウスは優しい目を妹に向けた。
シンシアは口を開いたものの、何も言わずに閉じた。
「そんな昔のことはともかく」クラウスは言って、クラウディアを見た。「新年の夜会はちゃんとフィリップにエスコートされるんだろうな?」
「あら、なんのことかしら?」明るい声のクラウディア。
「む! 約束を違えるなと言ったばかりだぞ。もう忘れたのか」とフィリップ。
「だって嫌よ。こんなお子様のエスコート」
「お子様に手出ししたのはお前だ!」
「ルクレツィアに手出ししようとしたからでしょう!」
「だが俺は未遂。お前に阻止されたからな。お前は、した」
言い合う二人。これはこれで、犬も食わない、ってやつなんじゃないだろうか。
クラウスとクラウディアの連携プレイで、広間の雰囲気は再び明るくなった。
ウェルナーが新年会の話を始め、ジョナサンがそれに乗る。
目を伏せていたシンシアは、私とルクレツィアを見た。穏やかな笑みを浮かべて。
だけどどこか、物悲しげな笑みに見えたのだった。




