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46・1クリスマスイブ

「俺がいるからって買いすぎなんだよ」

「へへっ」

 苦々しい声のリヒターに、笑ってごまかす。

「笑って誤魔化すな!」

 あれ。ごまかせなかったよ。


 でもそれも当然だ。リヒターはリアルサンタかというぐらいにプレゼントが入った袋を担ぎ、更に右手にはチキンの入ったかごを持っている。


「強盗に襲われても助けられねぇぞ」

「おお!」

「おおじゃねえ! 俺は護衛。荷物持ちは別料金だかんな!」


 そうだった。リヒターは護衛だった。

 今年は荷物持ちがいるから孤児院へたくさんプレゼントを持っていけると思って、用意しすぎてしまった。


「だいたいお前もそんなに持って、孤児院まで行けんのかよ」

「行けるよ!」

 本当は手が千切れそうな気がしているけど。右手にパンのかご。左手にお菓子のかごを持っている。


 私たちはさすがに目立っている。通りを行く人たちが、さっと道をあけてくれるもんね。さっきは知り合いの主婦さんに、夜逃げかい!?って驚かれた。いや真っ昼間だし、と答えたリヒターもリヒターだけど。

 これだけ目立てば強盗も襲いづらい……ってことはないかな?


 ポンコツはこれだから……なんてぶつぶつ不平を言っているリヒターに、にやけてしまう。だってこの山のようなプレゼントもお菓子も、うちには隠せなかったからリヒターに保管しておいてもらったのだ。

 しかも今日は、パンもチキンも予約しておいたものを、待ち合わせ前にリヒターがひとりで受け取ってきてくれた。


 これをお人好しと言わずになんて言うのだ。


 どんな噂や疑問があろうとも、リリーが言うとおり、私にとっては良い人だ。


「そういやリリーはどうしてる? 大丈夫なんか?」

 ほらね。優しい。気遣いもできるんだよ。

「私の前だと元気にしてる」

「なるほどな」とリヒターは吐息した。

「リヒターのせいじゃないよ。リリーは相手のことがよくわかってよかったって言ってる」

 ふうん、とリヒター。

「あの警備隊員は、ちょいと人の機微に疎いってだけだと思うけどな」


 機微、か。リヒターの見えない顔を見上げる。そんな繊細な言葉は、口調も仕草も粗雑なリヒターには縁がなさそうに見える。むしろよくそんな言葉を知ってるね、というぐらいだ。

 だけど彼と長くいれば表の態度と違って、実はとても細やかな配慮をする人柄なのだとわかる。


「あ」

「なんだよ」


 通りの向こうにモブ君発見。しかもばっちり目があってしまった。勤務中なのか、きちんと制服を着て仲間といる。

 その仲間に何か声をかけるとモブ君は通りを横切ってこちらにやって来た。


「やあ」

「……こんにちは」

 彼はちらりとリヒターを見て、再び私を見た。笑顔だけど目が笑ってない。

「すごい荷物だね。お屋敷のかい?」

 どうしよう。怪しまれているのかな。

「いいや。あそこのお嬢様に頼まれて、孤児院に届けんだよ。俺は手伝い」

 リヒターがさらりと言う。

「お嬢様?」

「そ。今度王子様と結婚するお嬢様。時々寄付してるらしいぜ。内密で」

 私はリヒターに合わせることにして、大きくうなずいた。

「旦那様には秘密なんです。反対されてしまうから。それで前にお嬢様のお使いにひとりで出た時に、強盗に遭ってしまって。その時にリヒターに助けてもらったんです。それからお使いの時はいつも付き添ってもらっています」


 さりげなく、リヒターは良い人だよアピールをする。

 モブ君はリヒターの持つかごにかかっている布をちらりとめくった。チキンか、と呟く。

「クリスマスだからな」とリヒター。

「袋は? プレゼントか?」

「そう」とリヒター。

「どこの孤児院だ?」


 私が名前をあげると、モブ君は顔をしかめた。

「あんな治安の悪い所にひとりで行ってたのか?」

「言ってやってくれ!」とリヒター。「全然わかってねえんだよ、こいつ」

 モブ君は深くため息をついた。

「ご令嬢だから何も知らないで頼んでいるんだろうけど、君みたいなちゃんとした身なりの若い娘が、たとえ昼間でもひとりで行っちゃいけない。ここ一年ぐらいで急速に治安が悪くなってるからな」


 はい、と素直にうなずく。


「もっとも、少し改善してきたけど」とモブ君。「だけど気を付けるに越したことはない。できたらもう少し」ちらりとリヒターを見る。「付き添いは選ぶべきだとは思うけどね。君の評判に関わるからな」

「……彼のことをよく知りもしないで言うことじゃないわ。でもおっしゃりたいことは、分かりました」


 ため息が聞こえた。モブ君かと思いきや、リヒターだった。

「なんでリヒターがため息をつくの!」

「アホだからだ、ポンコツ! 素直に分かりましたでいいんだよ。お前がおかしいんだかんな!」

「だってリヒターの悪口を言われたくないもん」

「言わせておけばいいんだよ」

「リヒターだって私が悪く言われてたら怒ったじゃない!」

 うっと、リヒターは口ごもった。

「まだまだ悟りに遠いって自分で反省してたよね?」

「ちょい待て。なんで俺が怒られるんだ? 今はお前の話だ」


「どっちでもいいよ」

 その声に、モブ君の存在を思い出した。

「……あんた、時間があんなら彼女の荷物を持ってやってくんないかな?」とリヒター。

「えっ!」

「重いんだろ?」

 重くない、嘘つけ、なんてやり取りを繰り返していたら、ふっと腕が楽になった。モブ君が両方のかごを持っている。


 せっかくのリヒターと二人きりの時間なのに。そのためならこれぐらいの荷物、頑張るんだけどな。

 だけどリヒターは心配してくれたのだ。『素直に』感謝しないと呆れられちゃうかな。


 観念して、ありがとうと礼を言う。

 手が空いたからリヒターのチキンを持とうとしたら、怒られた。お前はスリに遭わないよう、財布を握りしめとけだってさ。

 優しい。


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