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44・2主人公対策

 ルクレツィアに主人公に絡まれた話をすると、彼女は深いため息をついた。

「お姉さまが観察した感じだとね、元庶民ということにかなり劣等感を抱いているらしいわ」


 社交界にデビューした当初は、見知らぬ世界に多少気圧されているぐらいだったのが、周りからバカにされたり嫌がらせを受けるうちに、すっかり被害妄想の塊のようになってしまったらしい。


「ゲームではそんな娘じゃなかったのに」

 うなずくルクレツィア。


 ラルフの言葉を借りるなら、ゲームでの悪役令嬢(つまり私たち)は肉食獣。対して主人公は自分より他人を気遣える気配りと優しさたおやかさで、一服の清涼剤のような存在なのだ。それが新鮮で、攻略対象たちは彼女に目をとめる。


「きっとゲームでは攻略対象たちが彼女の支えになっていたのよ。上手くいっていてもいかなくても、とりあえずは主人公との接点は沢山あったじゃない」

 ルクレツィアの言葉に、確かに、と思う。

「現実だと、少なくともお兄様、クラウス、ウェルナーは彼女を避けまくっているもの」


 そうか。原因はきっと私だ。彼女と上手くいってないから。ありがたいような申し訳ないような。


「ジョナサンも、もう話しかけていないみたい」と彼女は頬を染めた。「偽の手紙事件で彼女にがっかりしたみたい。あなたがあんな悪質なことをしないとわからないなんて、って」

「まあ。怪我の功名ね。役に立って良かったわ」

「あなたには危険な状況なのに、ごめんなさい」

「いいえ。そのぐらいのご褒美がないとやってられないわ」

「あなたのご褒美ではないじゃないの」

 笑うルクレツィア。

「あなたのご褒美は私のご褒美よ!」


 彼女はふっと笑顔を引っ込めた。

「ルクレツィア?」

「ねえ、アンヌローザ」

 正式名を呼ばれた。なあに?と聞き返す。

「あの庶民の人をまだ好き?」

 正直にうなずく。

 そっか、と彼女は小さく呟いた。

「ごめんなさい」

「謝らないで。もちろんお兄様と結婚してもらいたい気持ちは変わらないけれど。本当の親友なら……あなたの気持ちを否定するべきではないもの」

「ありがとう、ルクレツィア」


「それはさておき、主人公よね」

 ルクレツィアは空元気な声を出した。

「あなたと何を話したかったのかが問題だわ」

「そうなの。もうこの辺りはシンシアが未プレイだから、細かくは分からないのよね」

「ネット情報のみと書いてあるものね」

 とルクレツィアは、卓上の紙に視線を落とした。シンシアが書いてくれたゲーム進行表だ。

 幸運だったのは、彼女がかなり情報収集をするタイプだったことだ。おかげでクラウスルートはエンディングまでの大まかな流れがわかる。


 しかし主人公が何故話しかけてきたのかは、全くわからない。

「三人で話してみましょうか?」

「三人って、あなた?」

 うなずくルクレツィア。

「ダメよ、あなただって悪役令嬢なのよ!」

「だけど目的がわからなくて気持ち悪いわ。お兄様たちでも、まずい気がするでしょう?」

「クラウディアは?」


 ルクレツィアは深いため息をついた。

「お姉さまは昨日からお母さまのいた修道院へ行っているの。お世話になった侍女があちらに残っているから」

「まあそうなの」

「というのは表向き」

「表向き?」

 彼女はますます深いため息をついた。

「退避中よ!」

「退避?」

「覚えているかしら? ジョナサンの弟がクラウスより『上手く』なったら、お姉さまと付き合えて、新年の舞踏会でエスコートもできる約束」

 そういえば、そんなプチ騒動もあったな。すっかり忘れていた。

「彼ね」彼女は顔を赤らめた。「あらぬ勘違いをしたのね。あの日のうちに、先生に指南を頼んでいたの」

「先生?」


 ルクレツィアは私たちの他に誰もいないのに、私の耳に顔を寄せて『高級娼婦』と囁いた。

「なるほど」

 と答えながらも顔が熱い。


 社交界にもその職業の方々が出入りをしている。みな頭の回転がよく話術にすぐれ、品も色気も兼ね備えている。一見、上流階級のご夫人にしか見えない。そうでなければ『高級』になれないのだろう。彼女たちは貴族の男性や名士にエスコートされて社交界にやって来る。


 ジョナサン弟は、本気で勝負に挑むつもりだったらしい。かなり方向性が間違っているけれど。


「それが公爵の耳に入ったのね。彼はバカラと教えた上に勝負してあげて、負けたのよ」

「まあ」

 クラウスは勝ち負け自由自在という話だったけど。わざと負けたのだろうか。

「それでまた弟の攻勢が始まったのよ。お姉さまは辟易して逃げ出したという訳」

 弟は何を考えているのだろう。案外クラウディアに本気になってしまったのだろうか。ワイズナリーが亡くなったときは彼女が自ら弟のそばに寄り添ってあげていた。


「だからお姉さまはしばらく帰って来ないのよ」

「だからといって、あなたはダメ!」

 もちろん同じ理由でシンシアもダメ。

 私が偽手紙事件で消沈しているときに声をかけてくれた二人のご令嬢とは、仲良くなる途上だ。声をかければ助けてくれるかもしれないけれど、私が彼女たちを巻き込みたくない。


 困った。何がベストかわからない。


 そこへ侍従がやって来て私に小さなカードを届けてくれた。

 なんだろうと見ると、『アイーシャ』と名前だけが書かれている。

 ルクレツィアに見せて、ご存知?と尋ねると彼女は口を押さえてまあ!と小さく叫んだ。

 赤い顔で

「ジョナサンの弟が指南を頼んだ方よ」

 と言う。


 その言葉を聞いて、直ぐに顔が浮かんだ。うちに集まる父一派でも人気のようで、時々会話に名前が混ざる。年齢不詳の妖艶な女性だ。

 だけど私自身は話したことなどない。


 不思議に思ってカードを開く。

 そこには流れるような字で次のように書いてあった。


『お話し合いに第三者が必要なときはお声掛けください。あなた様を助けるよう依頼を受けましたので、ご遠慮なく』



 またルクレツィアに見せる。

「……誰が依頼したのかしら」

 と彼女は呟いた。


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