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41・4親子

 シンシアは立ち上がると、ユリウスに発言の許可を得てから父を真っ直ぐに見た。


「ご存知ないかもしれませんが、私は長いこと引きこもりでした」

 彼女の声はわずかに震えている。けれど馴染みのある私たちにしか分からない程度だ。

「その私が春先、たまたま勇気を振り絞って外出した際にアンヌローザ様と知り合ったのです」

 うなずく私。

「それから何度となく一緒にお出かけ致しました」

 父が驚きの顔を私に向けた。

「私が社交界に出る勇気を持てたのはアンヌローザ様のおかげです。そのアンヌローザ様が兄が原因と推測される出来事で濡れ衣を着せられ、王宮への出入りが禁じられてしまいました」


 いつの間にか群衆の最前列に主人公がいた。顔を強張らせている。

 クラウスが濡れ衣を着せられていることになのか、今のシンシアの言葉になのかはわからない。


「ひどく胸を痛めておりました。だというのにアンヌローザ様は更にひどい濡れ衣を着せられてしまったのです」

 父がそこには力強くうなずいた。

「私に出来ることはなんだろうと考え、至ったのが、アンヌローザ様がお優しい方だと、おかげで私は社交界に出られたのだと沢山の方に知っていただくことです」


 私は彼女を見上げてありがとうと言った。彼女は私を見返しにこりとする。

 それから再び父を見た。


「私が予定を変更したのは、アンヌローザ様が今日、こちらに参加すると聞いたからです。つまらぬ噂から少しでもお守りするために」

 私も立ち上がった。

「彼女の言う通りよ、父様。シンシアは私の力になろうとしてくれたの」


「……だとしても、それとフェルグラートの犯罪とは別の話だ」

 父は言った。

「とにかく緊急逮捕だ。証拠があるのだからな」

「父様!!」


 ざっとクラウスが近衛に囲まれる。

 そこに、

「待ってくれ」

 声がかかった。

 見ると頬がこけ青ざめたジョナサンだった。隣には同じく青ざめた弟。


「宰相閣下。フェルグラート殿が犯人だという確固たる証拠とは思えない」

 ジョナサンの声は弱々しかった。

「彼の味方をするのか! さぞかし父上は嘆くだろう!」軽蔑の眼差しをした父。

「味方するのではない。あなた方はただこの機会に彼を排除したいだけだろう?」


 思わぬ展開にシンシアと顔を見合わせた。ルクレツィアも目をまん丸にしている。


「兄貴!」と弟。「なぜ異を唱える!」

 ジョナサンは弟を見ることなく首を横に振った。

「彼の味方をするのではない。父をあんな目に合わせた本当の犯人を知りたい。なぜ刺したのかを聞きたい! それだけだ!」

 ジョナサンの叫びに、広間は静まりかえった。

「……そう望むのは間違いなのか」

 震えた声の呟き。

「犯罪者かもしれない父には、真の加害者を見つけることは許されないというのか」


「そんなのおかしいわ」答えたのはクラウディアだった。「それとこれとは別じゃない」

 彼女は父を見た。

「案外自分の犯罪を隠すために、罪をなすりつけようとしていたりして」

「なんだと!」激昂してクラウディアに歩みよる父。クラウスがさっと二人の間に入った。

 機先を制された父は怒りをそのままクラウスに向けた。

 突然殴りかかったのだ。


 また隣から、ひっと息を飲む音が聞こえた。


 だが父の腕は間一髪でジョナサンに止められていた。

「宰相閣下といえども舞踏会中の暴力は看過できません」

 ほっと胸を撫で下ろし、それからぞっとした。

 クラウスは顔を殴られるところだった。それなのに表情は変わらず、冷めた目を父に向けていたのだ。それに気付いた父の顔が強ばる。




「近衛連隊長」

 声を上げたのはユリウスだった。

「早急な事件解決を命ずる」

「御意」と連隊長。

「第三者に濡れ衣を着せたら、お前の責任だ」

「御意。……え? いや、それは!」

 彼は慌てて王と宰相と見比べている。

「王宮内の事件は近衛の管轄ではないか」とユリウス。


 それから彼は広間を見渡した。

「舞踏会は中止だ」



 ◇◇



 三々五々人が散った。ほとんどの者が広間から出ていく。そんな中、私たちは動けないでいた。

 シンシアは兄に抱きついて肩を震わせ、兄は優しい目をして妹の背中を撫でている。

 クリズウィッドはまだ困惑の表情を浮かべたまま。ウェルナーは何やら考えこんでいるのか、視線を床に落としている。


「礼を言う」

 クラウスはジョナサンに向かって言った。だがジョナサンはゆるゆると首を横に振った。

「お父様の容態は?」とクラウディア。「ついていなくていいの?」

「父は」ジョナサンはまた力ない声に戻っていた。「腹部を刺され意識がない。だが最近おかしなことがあったから、服の下に薄い金属を入れていたらしい。防げはしなかったが、お陰で傷がそれほど深くなかった」

 ルクレツィアと顔を見合わせる。一応警告文が役に立ったらしい。


「一緒に行きましょう」

 クラウディアはジョナサンの腕に手を添えた。彼はうなずいた。それからウェルナーを見る。


「……ヒンデミット男爵」更に弱々しい声。

「……なんでしょう」答えるウェルナーの声も普段と違って暗い。

「……父がもし、無実ではなかったら。こんな一言で許されるとは思わないが。お父上のこと、本当に申し訳ない。心の底から謝罪する」

 ウェルナーは床を見つめたまま、答えなかった。


 クラウディアが誘って歩き出すジョナサン。


「私の望みも同じだ。父がなぜ姿を消したのか、誰がそうしたのかを明らかにしたい。二十年もそう願ってきた」

 そう言ってウェルナーは顔をあげた。

「ワイズナリー侯爵の回復を祈っている。真実を教えてほしい」


 ジョナサンは振り向いて、はっきりとうなずいた。


読んで下さりありがとうございます。

今話は暗いので、お口直しのおまけ小話を載せます。

読まなくても本編に影響はありません。



☆おまけ小話・シンシアの変身☆

(シンシアのお話しです)


「ほら! 素敵です!」

 小間使いのニンナが胸を張る。

 無理やり立たされた鏡前。恐る恐る目を開けた。

「……見られる」

 鏡に映ったのは美しいドレス、綺麗なヘアスタイル、豪奢なアクセサリー、それらにそれほど不釣り合いではない私。


 平凡顔を装いに合わせるためにお化粧は、睫毛バサバサ、アイラインくっきり、ノウズシャドウ入れまくり……になると思い込んでいたのだけど、うっすらとしている。作り込み感が一切ないのに、可愛い。平凡顔なのに。


「『見られる』なんてひどいです! クラウス様のお見立ては最高ですよ! お嬢様のことをよくご存知だからこそのチョイス! ああ、なんて素晴らしい!」

「……ちょっと大げさすぎない?」


 自分のメイクの腕には一切触れずに当主を持ち上げるニンナに苦笑する。

 確かに今日の見立ては全てクラウスらしい。一式を見たときは似合わないと不安になったけれど、こうやって着てみると自分によく似合っているなと思う。これなら今日の社交界デビューは上手く行くんじゃないかしら。


 だけど十年も修道士だったあの人は、どこでセンスを磨いたのだろう。王族の血がなせる技なのかな。


「さあ、ぜひご覧下さい!」

 ニンナの声に我に返る。うっかり鏡の中の自分に見とれていた。

 振り返ると彼女が開けた扉から、クラウスが入って来るところだった。


 ニンナ! 何を勝手なことを!


 クラウスに続いてブルーノ。次にラルフ。ときたら、最後にアレン。

 途端に胸がバクバクいい始める。主人に忖度することを知らず、しかも絶対にドSのアレンは思ったままをズバリという。

 そこがいい。いいのだけれど、今日はやっぱり褒められたい。


「なんて可愛いんだ」

 クラウスが嬉しそうに目を細め私を誉める。


 この人はゲームだと酷薄な印象だったのに、実際は違う。主人公のことは嫌っているから冷たいあしらいをしているかもしれないけど、私には優しい。むしろやや馬鹿兄だ。意外すぎる。

 絶世の美男のくせに、平凡顔の妹を心底可愛いと思っているらしい。目が腐っているのか、顔の美醜の好みが狂っているのか。


 しかも性格も見かけと違う。同じ修道院だったアレンがちょっと個性が強いせいか、騎士然としたブルーノとラルフの方がウマが合うらしい。自分は風雅な貴族の典型みたいな人なのに。屋敷では三人で遊んでいて、アレンが私担当ということがよくある。




 はっ。

 まさか私の片思いをクラウスが気がついているなんてことはないよね?

 このことはニンナ、アンヌローザ、ルクレツィアの三人にしか打ち明けていない。


「アレン」とクラウス。「お前だけだ、感想を言ってないのは」

 心臓がはね上がる。

 ブルーノとラルフはにこにこしながら、褒めてくれた。じゃあアレンは?


 恐る恐る彼を見る。

 アレンは従者のくせに、片手を顎に当て思案顔で私の頭のてっぺんから爪先まで何度も見た。


 無礼だよね?


 だけどクラウスは何も言わない。柔和な顔でアレンの言葉を待っている。


「ふむ。よく似合っている」


 おおっ、とブルーノとラルフがなぜか感嘆して拍手している。クラウスも満足そうだ。

「求婚者が列をなす、ということはないでしょうが、一人ぐらいは現れるでしょう」とアレン。

 お嬢様に酷いことを言っているのに、クラウスはうなずいている。

「沢山の不誠実な男より、一人の誠実な男だ」


 ……良いことを言っている風だけど、クラウス、あなたは女好きキャラだよね。今現在も取り巻き軍団がいるよね。あなたは自身が不誠実!


 冷めた目で兄を見ていると気づいたのだろう、恥ずかしそうな顔をした。

 それからコホンと咳払い。


「シンシア。今日は私がエスコートをする。大事な日だからな」とクラウス。

「ありがとう」

「だが今後は出来ないときもあるだろう」

 はいとうなずく。

「だが安心しろ。そんな時はアレンをつけるからな」

「「え?」」

 アレンと私の声が重なる。


「長いこと引きこもりだったシンシアを一人で出席させるわけにはいかないだろう」

 と兄は当然のような言いぶりだ。

「大丈夫、アレンは私の服を着れば、従者に見えない。虫除けにちょうど良い」


「いや、待って」とアレン。

「なんだ?」とクラウス。「服は直さなくとも問題ないだろう? たいして変わらない」

「服の心配なんてしてませんよ。私がエスコートではお嬢様の名誉が傷つきます」

「名誉より、心の傷のほうが困る」

 しれっと言うクラウス。私を見て、なあ?と同意を強いる。

「ウェルナーさんにお願いすれば……」

 と私が言いかけると、クラウスは

「あいつは駄目だ。エスコートはさせられない」

 と即却下。





 やっぱり、気がつかれている?

 それとも馬鹿兄は天然を炸裂させているの?

 わからなくなって四人の後ろに静かに控えているニンナを見ると、素晴らしい笑顔を浮かべてガッツポーズを決めていた。


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