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41・3勃発

 シンシアを真ん中に、ルクレツィア、クリズウィッド、クラウス、ウェルナー、私と六人で会話を楽しむ。


 途中、クリズウィッドに誘われて私が、ウェルナーに誘われてシンシアが一曲踊った。クラウスもルクレツィアを誘った。もう人前で踊っても問題なかろうと、私のお墨付きだ。だけどルクレツィアが、

「取り巻き軍団がいる限り、あなたとは踊れません」

 ときっぱり言い切った!

 そりゃそうだよね。彼女も、クラウスに猛アピール中なんて噂を立てられているのだから。


 その取り巻き軍団は、今日はもう解散となったようだ。先ほど戻ってきたクラウディアが教えてくれた。彼女が、クラウスは妹のエスコートがあるから彼女から離れない、と言ってくれたのだそう。

 さすがクラウディア。


 そのついでにクラウスに、いずれジョナサン弟が勝負を挑みに来るかもとさらりと伝え、また人混みに消えていった。


「何の勝負だ?」と不思議そうなクラウス。

「クラウディア殿下はバカラのつもり」とウェルナー。

「弟は」

 と言いかけたクリズウィッドは私たちの顔を見て、クラウスの耳に何やら囁いた。

 クラウスの首ががっくりと落ちた。珍しい。深いため息をつく。


「どうしたの?」

 と何も知らないシンシアが尋ねる。

「厄介事を丸投げされた」とクラウス。

「すまない」とクリズウィッド。「まさかあの弟にあれほど執着されるとは予想外だったのだろう」



 その言葉が終わらないうちに、近衛兵が一人血相を変えて目の前を駆け抜けて行った。

 ただ事ではない。


 ルクレツィア、シンシア、私は顔を見合わせた。

 まさか、起こってしまったのだろうか。

 警告文はすでに各人に届いているはずだ。

 リヒターは金曜の朝と言っていたが、昨日の夕方に済ませてくれた。


 実は、クラウスにも送ったのだ。『王宮にいるときは必ず従者以外の第三者と共にいろ。危険が迫っている』という内容で。それが届き、クラウスと三従者が密談をしているのをシンシアが確認している。


 また、近衛がやって来た。今度は四人だ。一人が駆けて行き、三人が私たちの元で止まった。第四師団長の徽章を着けた近衛が一歩進み出て、

「フェルグラート殿。一緒に来ていただきたい」

 と言った。


 息を飲んだ。

 防げなかったのだ!


 クラウスは顔色ひとつ変えずに

「何故か」

 と尋ねた。先ほどまでと違う、温度がまるで感じられない声だった。表情も消え、美しく整った顔は恐ろしく酷薄に見える。


「説明を」

 狼狽えたクリズウィッドが割って入る。ウェルナーは落ち着いて成り行きを見ている。

 シンシアはと目をやると、この世の終わりのような顔をして小刻みに震えていた。

 その手に自分の手を重ねる。彼女が私を見た。言葉は発っさずに、小さくうなずいた。ここに味方がいるよ、と。


 私の手の上に更に手が重なる。ルクレツィアだ。彼女もうなずく。


 そこへ近衛連隊長と兵二人、王太子と兄を引き連れた父がやって来た。わずかに遅れてユリウスと内務大臣と外務大臣も。自信に満ちあふれた宰相と、どこか納得していなそうな国王。


 父は私たちの元で止まった。

 いつの間にか楽団が奏でていた音楽も止んでいる。

「クラウス・略・フェルグラート」

 なんて失礼な呼び方! 父を睨み付けるが、気づいていない。

「緊急逮捕する」


 ひっとシンシアが息を飲んだ。

 ルクレツィアと私は重ねる手に力をこめる。


「どのような理由か」と尋ねるクラウスは無表情のままだ。「なんのことやら見当もつかない」

「ワイズナリー軍務大臣殺人未遂罪だ」と父。


 未遂!

 私たちは顔を見合わせる。


「だが」と父。「残念ながら重体で一刻を争う。すぐに殺人罪となるだろう」

 にやりと口角をあげる父。吐き気がした。


「ワイズナリーが? 何があったんだ?」

 と呆然としたクリズウィッドが呟いた。

 いつの間にか私たちは遠巻きに群衆に囲まれていた。

 それを掻き分けてクラウディアがやって来る。


「ワイズナリー大臣が執務室で血塗れで倒れているのを彼の筆頭書記官が発見した」と近衛連隊長。「そこにこれが」

 彼が取り出したのはハンカチ。

「あなたの頭文字が刺繍されている。言い逃れはできないぞ」


「なるほど」とクラウスはうなずいて、なぜか笑みを浮かべた。ぞっとするような美しくさだった。

「確かに私のものだ。だけれど無くしたものだろう」

「……ありふれた言い訳だ」

 連隊長の声が先ほどと違いかすれている。完全に気圧されている。

「ブルーノを呼べ。廊下に控えている」

「彼は先に逮捕した」と近衛兵の一人。やはり声がかすれている。

「彼が紛失物リストを携帯している」とクラウス。


 紛失物リスト?とユリウスが呟いた。

 クラウスは王を見た。

「私が爵位を継いだときに、心ある人が忠告して下さいました。私は美しい、と」

 すごいセリフだな、とこんな時なのに一瞬呆れた。だけどこの人は自分の顔が嫌いなんだっけ。

「『王宮は怖いところだ、きっと私物を盗まれる。不心得な輩がそれらを売り私腹を肥やすのだ』と」


 ユリウスは近侍に、そうなのか?と尋ねている。近侍は、公爵の母君のころによくあったようだと答える。内務大臣がうなずいている。


「ですから私の物には全て通し番号が隠されて刺繍してある。それを紛失物リストと照らしあわせば、いつ頃どこで無くしたか、大方わかる」

「ブルーノが持っているのか」とクリズウィッド。

「そう。控えは屋敷に」


 連隊長はハンカチに目を落とした。

「そんな番号どこにもない」

 クラウスはポケットからハンカチを出した。そして国王の元へ行き、彼とその近侍、二人の大臣に何やら示している。


 しばらくするとユリウスは、連隊長にそちらを見せろと言った。証拠品をあらためる国王たち。

「ありますね」と近侍。「E3」

「そのリストと照らし合わせろ」とユリウス。

 父の顔が歪んだ。


「それから」とクラウスはユリウスから離れて再び父に向き直った。「凶行はいつのことだ。私はこのとおり、ずっと彼らと共にいる」

「舞踏会の始まる前か、始まってすぐと思われる!」と近衛師団長。

「今日は妹をエスコートしている。退勤後は一旦屋敷に戻った」とクラウス。「王宮に到着したのは舞踏会が始まる直前。すでに音楽が聞こえていた」

 激しくうなずくシンシア。

「今日は妹の初めての舞踏会だ。特別に侍従長が広間まで案内をしてくれた。当然寄り道などしていない。確認をしてくれ」


 隣でシンシアの力が抜けたのがわかった。


「そんなもの信用できるか!」と父。

 王太子と兄が、そうだそうだと追随する。

「侍従長ぐらい買収できる。だいたいなぜ今日に限って案内なんかつけている。怪しいではないか!」

 いや、父様、今聞いたよね?

「妹のデビューは再来週の予定だったではないか!」

 一斉にシンシアに視線が向けられた。


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