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41・2シンシアのデビュー

「しかしなかなか強いな、あいつは」とクリズウィッドはジョナサン弟の背を見ながら言った。「父親があんな糾弾をされたのに」

 そう、怪文書が都中に貼られたのはつい四日前だ。父親が名指しで殺人犯と告発されたのに、クラウディアを追いかけ回しているなんて。信じていないのか、信じた上で大したことではないと考えているのか。どのみち図太い性格なのだろう。


「ジョナサンなんて、見違えるぐらい痩せた」

 クリズウィッドの言葉に隣に座るルクレツィアを見ると、彼女は辛そうな表情をしていた。

「だけど」とクラウディアが殊更明るい声を出した。「おかげでアンヌローザの低俗な噂が下火になったわ」

 みんながうなずく。


 確かにそうなのだろう。今夜ここに赴くことに、多少の緊張があった。はっきり言えば、胃が痛かった。

 だけど思っていたほど、不快な思いはしていない。私を見てこそこそ囁き合う人たちも、虫けらみたいな目で見る人も、挨拶を無視する人もいない。みんな怪文書の話題に夢中だからだ。


 父も当初はあんなに『わしへの挑戦、侮辱など許さん』と激昂していたのに、今週はすっかり何も言わなくなった。リヒターの話どおり、ワイズナリーとは仲が良くなかったらしい。すっかり上機嫌だ。

 あまりの底の浅さに悲しくなる。


 ついでに。クリズウィッドと会うのは一ヶ月ぶりだけれど、以前のように自然に話が出来ている。このひと月の間に手紙のやり取りをしていた。出禁前は何を考えているのかわからない彼に戸惑いを感じたけれど、今は大丈夫。時間をおいて良かった。



「あら、来たわよ」

 とクラウディアの声に目をあげると、クラウスにエスコートされたシンシアが、ぎこちない笑みを浮かべて広間をやって来るのが見えた。

 みな遠巻きにこそこそ話している。


 がんばれ、シンシア!


 ルクレツィアと私は玄関ホールまで迎えに行くと彼女に申し出たのだ。だけどシンシアは、『自分で殻を破るの!』と言って断った。


 二人は私たちの前にようやくたどり着いた。

「ああ! シンシア!」

 思わず立ち上がり抱きつく私。

「よく来たわ!」

 同じくルクレツィア。

「待って! 殿下にご挨拶をしないと!」とシンシア。

「一番冷静なのは彼女じゃない」

 笑いを含んだクラウディアの声。

 本当だわ!と私たちは慌てて彼女から離れた。


 引きこもりだったとはいえシンシアは公爵令嬢。優雅に美しく、三人の殿下に挨拶をした。

 豪奢なドレスに綺麗に結い上げられた髪、目映いアクセサリー。どれも品よく落ち着いていて、主張しすぎていない。派手ではない容貌のシンシアとうまく調和していて、完璧だ。


 続いてウェルナーと私への挨拶が済むと、兄と妹はユリウスの元へ行ってくると再び離れて行った。


 おや、と呟くウェルナー。

「取り巻きたちがざわついている」

 彼の視線を辿ると、クラウスの取り巻きたちがウェルナーに、こっちに来いと懸命に合図を送っている。

「彼女が誰か教えろってことでしょう」とクラウディア。「ウラジミールにそっくりなのに気がつかないのね」


 ウラジミール。クラウスと同い年の異母弟だ。正直なところ、私は顔を覚えていない。名前も忘れていた。クラウディアはちょっとアレなところもあるけれど、尊敬できる人だ。


「行かないのか?」とクリズウィッド。

「捕って喰われます」涼しい彼のウェルナー。「いずれ気づくでしょう」

「じゃあ私が言って来ようっと!」楽しそうな顔をして立ち上がるクラウディア。

「ちょっと、お姉様。ちゃんと『妹』と説明するのでしょうね」とルクレツィア。

「あら、ばれちゃった」

 悪びれもしないクラウディア。私を見て肩をすくめた。それから、二人によろしくね、と言い残して取り巻き軍団に向かって行った。


「あんなにやんちゃで心配になる」とクリズウィッド。「お前かクラウスがもらってくれると助かるのだがな」

「お兄様! それは返答にお困りになるから言ってはいけないとお姉様に叱られたばかりでしょう!」

「そうだった。いや、すまない」

 ウェルナーは苦笑いをしている。


 だけどどうして彼は独身なのだろう。貴族で、しかも嫡男。三十路近いのに婚約者もいないのは珍しい。前に彼のことを調べたけれど、クリズウィッドのように婚約者と死別した、ということもなかった。

 本人の資質にも問題はなさそうなのに。


 いや。むしろ穏やかな物腰で、友人も多く仕事上の信頼も厚い。飛び抜けてはいないけど、イケメン。だって攻略対象だからね。しかもしかも素敵ボイス!!


 不思議だ。


「顔に何か付いていますか?」

 とウェルナーに尋ねられる。しまった見つめていたか。

「いいえ!」

「おかえり」

 私が否定するのとクリズウィッドが声を出したのが同時だった。


 シンシアとクラウスが戻ってきたのだ。

 ルクレツィアが端により、長椅子の真ん中をあける。

「さあ、座って。今日の主役はシンシアよ!」




いつもお読み下さりありがとうございます。

ブックマーク・感想・レビューいずれもとても嬉しく、また、励みになっています。


下書きがだいぶ溜まってしまいましたので、8月のアップは21時と22時の2回にいたします。

短いものもあれば、かなり長いものもあります。配分が下手で申し訳ありません。


少しでもお楽しみいただければ幸いです。

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