41・1クラウディアの厄介事
蝶の間事件から丸一ヶ月。王宮出入りの解禁日は、怪文書が見つかった週の金曜日。つまり殺人事件が起こるかもしれない日の初日だ。
その日は舞踏会があった。元々は欠席の返事をしていたのだけど、父に頼んで参加に変更した。
理由その一は、殺人事件のため。その二はシンシアがデビューするため。
シンシアも欠席の予定で、彼女が参加の返事をした舞踏会は再来週のものだった。だけれど彼女も優しい兄に頼み込んで、変更してもらったのだ。内緒で、彼を守るために。兄には、私をつまらない噂から守りたいから、と説明したそうだ。
私はいつもの広間で兄妹が来るのをドキドキして待った。いつの間にかルクレツィアと手を握りあっていた。お互いにシンシアが辛い思いをしないかが不安なのだ。
と、クラウディアがものすごい勢いでやって来て、ルクレツィアの隣にストン!と座った。
彼女の背後にはジョナサン弟がいた。
「ふん! オレに負けるのが怖いのだろう!」弟。
「しつこい! お子さまは願い下げよ!」とクラウディア。
私は訳がわからなくてルクレツィア、クリズウィッド、ウェルナーと顔を見渡す。みんなうんざり顔だ。どうやらこの状況に慣れているらしい。私がいなかったひと月の間に一体何があったのだろう。
「実はね」とルクレツィアがこそりと囁く。「彼、お姉様をどうしても許せないみたいなのよ」
弟は粘着質だったのか。向こうが先にちょっかいを出してきたとはいえ、クラウディアはまずいのをつついてしまったらしい。
「それでね、もう一度交際しろって」
「へ?」
思わず公爵令嬢らしからぬ声が出た。意味がわからない。ルクレツィアもあきれ顔だ。
「次は絶対にお姉様を夢中にさせてみせる、それからポイ捨てしてやる、って息巻いているのよ。ここひと月近く」
「えええ?」
なんだそれは? ますます意味不明だ。
復讐(?)するにしても、ポイ捨て予定を相手に公言するのはおかしくないだろうか。
ちらりと、まだ言い争いをしているクラウディアと弟を見る。
「プライドを立て直すには、それしか思いつかないのだろうな」と笑いを含んだ声のクリズウィッド。「なんだかんだ、まだ十六歳。社交界デビューして一年に満たないお子さまだ」
「もう! わかった!」
クラウディアの声にみんな一斉に彼女を見た。
「クラウスより上手くなったら、もう一度付き合ってあげるわ」
何が!?
弟の顔がみるみる険しくなる。
「俺があいつより下手だというのか!」
「あら、知らなかったの? お気の毒さま!」
弟はきっとクリズウィッド、ウェルナーを睨む。だが、睨みたかったのは彼らではなかったようだ。すぐに視線を広間に向けた。眉間に深いシワを寄せて辺りを睥睨する。
それから無言で去って行った。
「クラウスに悪かったかしら」と落ち着いた声のクラウディア。
「お前たち、いつの間にそんな仲に……。おめでとう」と微妙な表情のクリズウィッド。
「あら、どんな仲でもないわよ」涼しい顔のクラウディア。「私は『何が』上手いかなんて言ってないもの」
吹き出すウェルナー。ため息をつく兄と妹。
「クラウスが上手いのはね」とクラウディアは妹越しに私を見た。「バカラよ。負けたのを見たことがないわ」
「いや」とクリズウィッド。「あいつはカードゲーム全般、勝ち負け自由自在だ。シュタルクの大使と父上には上手く負けている」
「すごいわね。いかさま師になれるわ。修道院で流行っていたのかしら」
「そんなわけがないだろう」とクリズウィッド。
「彼の三従者もみんな強いですよ」と笑いを含んだウェルナー。
「修道士は賭け事は禁じられているのではないか?」
「さて?」とウェルナー。
楽しそうな年上チーム。
クラウスはカードゲームも必死に練習をしたのかな。ダンスだって、もう見違えるような優雅さだ。見栄っ張りなんだかイメージ戦略なんだかは知らないけれど、凄まじい努力家であることは間違いない。
と、ジョナサン弟が戻ってきた。険しい顔でクラウディアの前に仁王立ちだ。
「おい」
と八つも年上の王女に不遜な声の掛け方をする。
「あの男より上手いって、近いうちに証明してやる」
あらそう、と素っ気ない返事のクラウディア。
「俺が勝ったら新年の舞踏会をエスコートさせろ! いいな!」
「証明できたらね」とクラウディア。
「首を洗って待っていろ! 絶対に俺に惚れさせてやる!」
再び去るジョナサン弟。
クラウディアは首をかしげた。
「バカラって分かっているのかしら。何をどう証明するつもり?」




