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40・1依頼

 いつもの待ち合わせ場所へ行くと、いつも通りにリヒターが待っている。

「お待たせ」

 おう、とリヒター。

「また何かあったのか?」

「え? なんで?」

「駆けて来ないのは珍しい」

「えっ!? そう?」

 うなずくリヒター。

 全然気づかなかった。私、そんなに駆けて来ていただろうか。

「しかも能天気な顔をしてねえ」

 なんだそれは。普段の私はそんなに間抜けな顔なのか。

 まあそうか。リヒターに会えるのが嬉しくて仕方ないのだから。


「あのね、仕事の依頼をしたいの」

「バルレベルじゃねえってことか」


 さすがリヒター。察しがいい。うなずくと、深いため息が返ってきた。

「今日は時間がねえ。長い話になんなら、孤児院の時間を削ることになんぞ」

 わかったとうなずく。


 こっちこいと言われてその後をついていく。いつもの大通りを少し行った後に細い小路に入り、迷路のような道を抜けて行く。何度か坂と階段を上り、気づいたら洗濯物がはためくどこかの建物の屋上にいた。

 どうやら坂に段々状に並んでいる建物らしい。すぐそばに大聖堂が見える。何年も町歩きをしていたのに、こんなところがあるなんて知らなかった。


「パン屋の近く。すぐに行けっから」とリヒター。

「ここはリヒターの家なの?」

「ちげえよ。知らねえ奴の家。この辺りは昼間は人がいねえ穴場なんだ」

 リヒターは本当にこの町をよく知っている。

 なぜか幾つも置いてある酒樽を背もたれにして並んで地面に座る。


「で?」とリヒター。

「あのね、突拍子もない話だけど、私は真剣に依頼するの」

 わかったとうなずくリヒター。

「警告文を送りたいの。数人に。誰にも見つからずに」

 警告文?と不審そうな声。

「ワイズナリー軍務大臣の命が狙われているの。だから彼とその周囲の人に警戒するよう伝えたいの」

「……それはどこ情報だ?」

 悲しいけれど、信じてもらえないだろうから首を横に振る。

「怪文書と関係があんのか?」

 多分と答える。

「狙っているのは誰だ?」

「武器商のザバイオーネ。彼を知っている?」

「そりゃあいつは半分こちら側の人間だ」

「そうなの?」

「裏町の奴らより汚えことをしてる」

 リヒターは、そうか、と呟いたあとは黙っている。

「ワイズナリー侯爵は、私の数少ない友達の父親なの。知らないふりは出来ないんだ。ダメかな?」

 リヒターが顔をこちらに向けた。

「お前はお人好しだかんな」

「リヒターだって!」


 彼はふうと息をついた。

「警告文を送りたいのは?」

「えっと、本人と、息子のジョナサンと……」

 と何人か名前をあげた。

 リヒターはうなずくと、いつまでに?と尋ねた。

「金曜」

「明後日かよ!」

「いつの金曜なのかわからないけど、金曜なのは確からしいの」

 再びため息をつくリヒター。

「……金曜の朝に届くようでもいいか?」

「頼まれてくれるの?」

「今までとは比べものになんねえ金額だぞ?」

「大丈夫!」

 昨日のうちに、リリーにお願いをして宝石をひとつこっそりと売った。孤児院で使うと嘘をついたのが心苦しいけど。

 それにシンシアが半分出してくれると言ってくれている。


 それから警告文の内容を打ち合わせした。送る相手によって文面を変えたい。それは紙に書いて持ってきていたのだけど、リヒターは『こんなのを持ち歩くな』と言ってから、黙って読んだ。それから紙片を小さく千切り、立ち上がると酒樽のふたを開けて中に入れた。中は土だった。


「なんで土が?」

 リヒターはそばにあったスコップで土をかき混ぜている。

「春になったら野菜を作るんだよ。この辺は買い物に降りるのも荷物持って上がってくんのも面倒だかんな」

 本当、よく知っている。都の人間じゃないんだよね?

 それにけっこうな量の文面を、一度読んだだけで覚えたの?


「次にふたを開ける頃には土に還ってるぜ」

 よし行くか、とリヒター。

「もうひとつ、依頼したいことがあるの」

「なんだよ」

 低い声。もしやちょこっと不機嫌かな。

「二十年前に父たちがしたことを詳しく知りたいの。それから亡くなった人たちのことも、名前とか家族が今どうしているとか」

 リヒターは何も答えずにじっと私を見ているようだった。


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