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39・2殺人事件対策

 シンシアの話によると、ゲームでクラウスが逮捕される理由は、現場に落ちていた彼のハンカチ。もちろん真犯人が濡れ衣を着せるために置いていくのだ。


 主人公は真犯人を見つけないとゲームを進められない。シンシアによると、ここで飽きてしまうプレイヤーが続出で、クソゲーと言われた一因だそう。


 ただ、ルパートルートの場合のみ、真犯人を見つけるとバッドエンドになるらしい。ハピエンのためには真犯人はやはりクラウスと結論づけないとダメだそうだ。この場合クラウスはその後どうなるかわからないまま、ゲームから姿を消す。


 そこでふと思い出した。攻略対象が唯一亡くなるケースの存在を。忘れないうちに聞いてしまおう。


「そういえばジョナサンが亡くなるエンドがあるらしいけれど、詳しく知っているかしら?」

 シンシアはうなずう。

「クリズウィッドルートのハピエンね。この場合のみクリズウィッドが何故か王太子になるらしいの。理由は知らない」

 私もやってないから、とシンシア。

「だけどそのせいで命を狙われる。ジョナサンは近衛兵として助けようとして、死んでしまうみたいよ。男前すぎる悲劇の死って、ネットは大騒ぎ」

 なるほど。前世の私はそれだけちょこっと見たのだろう。


 ジョナサンの悲劇は今のところ警戒しなくて大丈夫でしょう、とシンシア。クラウスルートだし、クリズウィッドが王太子にならない限り起きないだろうと言う。

 その意見に賛成する。


 とにかく今は目先の殺人事件を未然に防がないといけない。

 シンシアはクラウスが濡れ衣を着せられないために彼が都に戻ってきた日から、彼と三人の従者に持ち物を盗まれないよう忠告をしているという。イケメンの身の回り品を裏で売買する不逞な輩がいるから、という理由をつけて。


 それにしても。

「殺人事件は、怪文書がきっかけなのよね? なぜなのかしら」

「ゲームでははっきりしてないけれど。これはあくまでも私の推測よ」

 シンシアは誰もいないというのに、体を私に寄せて囁いた。



 ◇◇



 殺人事件を未然に防ぐといっても、どうするのか。

 あれこれ考えたけれど、こちらの正体を知られることなく出来るものは、注意喚起の警告文を送りつけることしか思い付かなかった。

 だけどその警告文だって、どう秘密裏に送るのか。


 ……となると、私はリヒターしか思い浮かばない。

 とりあえず彼に依頼してみよう、ということになった。


「それにしても、攻略対象って二十年前の被害者側と加害者側に分けられるのね」

 私の言葉にシンシアはうなずいた。

 被害者側がクラウスとウェルナー。

 加害者側がクリズウィッドとジョナサン。

 ルパートはまだ確定じゃないけど、ザバイオーネとワイズナリーとの関係から加害者側。


「じゃあ『えっくん』はどうなのかしら?」

「え?」とシンシア。

「だって悪役令嬢も被害者側加害者側に分けられる。主人公も養女だけど、被害者側よ」

「……本当だわ」


 これで『えっくん』だけ無関係なんてことがあるだろうか?


「……被害者側が一人少ないわ」とシンシア。

「そうね。そちら側の息子となるかしら」

 シンシアは握りしめた手を口に当てて、なにやら思案している。

「一連の事件で亡くなったのは近衛連隊長。それから三人の殿下の事故で何人かいるはず。だけど詳しくはわからないわ」

「調べましょう」と私が言うと、

「アンヌローザはダメ」とシンシア。

「どうして?」

「だってあなたは加害者側の娘よ。『えっくん』がもし本当に被害者側で強い恨みを持つ人間だったら? 万が一あなたが彼に辿り着いたら? 一体どうなるの? 危険だわ」


 一理あるけれど。シンシアばかりにやらせる訳にはいかない。

 そうだ。


「リヒターに頼む」

 なんだかリヒターばかりだな。だけど裏町の情報収集力をなめんなと言っていた。私たちが闇雲に調べるより、早くて確実ではないだろうか。

 そうシンシアにそう説明すると彼女は、プロの手を借りるのはいいかもしれないと賛同した。


「事件が起こる日はわからないの?」

「金曜の夜とだけなら。クラウスにはこれから毎週、予定を入れてもらおうと考えているけど、上手くいくかどうか」とシンシア。


 殺人事件の容疑となると、アリバイ作りは親しくない人がいいだろう。一回限りならともかく、年内ずっとそんな予定を組むのは難しそうだ。

 逆に今週となると、こちらの警告が間に合わないかもしれない。


「とにかくまずは注意喚起の警告ね。リヒターさんにはいつ会うの?」

「明日よ。毎週同じ曜日の同じ時間なの」

 何度か彼に用事があって、ずれた時もあるけれど。

「毎回同じで大丈夫なの? 絡まれた近衛兵に待ち伏せされたりしない?」


 そういえば、そんなことを危惧したときもあった。すっかり気を抜いていた。

「今のところ大丈夫みたい」

 良かったと安堵するシンシア。

「母がお茶会で必ず留守にする日なのよ。抜け出しやすいから、他の曜日にしたくないのよね」

「そうなのね。だけど気をつけてちょうだい。危ないことがあったら、いつでも逃げこんできて」シンシアはにこりと笑う。「私もリヒターさんと話してみたいしね」

 そうねとうなずく。彼女ならリヒターの粗雑さも気にしないでくれそうだ。


「そういえば土曜日はありがとう。クラウスのせいでまた嫌な思いをしたのに、レッスンに来てくれて」


 一昨々日もダンスレッスンに来た。シンシアから無理に来なくていいと言われたのだけど、約束を守った。

 そりゃ悪役令嬢になりたくないし、クラウスに関わりたくない気持ちも変わらない。

 だけどリヒターは私に言ってくれた。

『乗り掛かった船だから最後まで面倒を見る』って。

 クラウスのダンスレッスンも、乗り掛かった船だ。


 私はリヒターに、ヘンテコだけどいい奴だと思われたい。

 クラウス自身が悪い訳でもない。

 嫌な自分になりたくもない。


「大丈夫よ」と笑顔を見せる。「ブルーノたちとのお喋りも楽しいしね」

 そう言うとシンシアは。

「私もクラウスも、あなたを悪役令嬢になんか絶対にしないから!」

 と力強く約束してくれたのだった。


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