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39・1怪文書

 十一月最後の月曜日。ゲーム通りに怪文書が撒かれた。それも予想を上回る規模で。王宮の中、街角、裁判所、劇場、大学構内にも、王室の公式儀礼を取り行う大教会にもだ。一夜のうちに怪文書が都中に貼られたのだった。


 内容はやはり、二十年前に失踪した二人の調査官はワイズナリーが殺した、というものだった。


 私はこの一報をルクレツィアからの手紙で知った。王宮に住む彼女は、実際に貼られているのも見たという。政を行う政務庁内には一切なくそこは正面扉だけ。一方で王宮は人の集まるサロンなどを中心にかなりランダムに貼られていたらしい。


 月曜午前中の王宮は人が少ない。暇をもて余す人たちが来るのは午後からだ。仕事を持つ人たちはそれぞれの職場に行ってしまう。

 それでもこの件はあっという間に知れ渡り、午前の早いうちから王宮中が大混乱していたそうだ。



 ◇◇



 午後にはシンシアから手紙が来た。それは慎重に言葉を選んで書かれていた。

 事件が起こってしまった以上、次の事件を未然に防ぐために動くという。次の事件は殺人事件だ。

 攻略対象五の父が攻略対象四の父を短剣で、らしい。

 それを読み、手紙を持つ手が震えた。


 ◇◇


 何往復か手紙をやり取りのあとに、私は町娘の服装で屋敷を抜け出し、ラルフの護衛でフェルグラート邸へ向かった。

 もう三度目なので慣れたものだ。

 今回はシンシアがブルーノの恋人(!)を極秘で呼び出した、ということになっている。


 おかげでシンシアの部屋に通された。

 人払いをしてもらって、即、本題に入る。


「クラウスとウェルナーにアリバイはあるのよ」とシンシア。

 郊外の屋敷に泊まっていたそうだ。主はウェルナーの古い友人で、その夫妻の他に一組の客がいて、日を跨ぐまでカードゲームに興じていたという。また、ブルーノもそばに控えていたそうだ。


「ゲームだとクラウスは恋人の元に泊まっているのだけどね。そこが違う以外は同じね」とシンシア。

 なるほどとうなずく。

「だけど二人が指示を出しただけで実行犯は別とも考えられるから、疑いが晴れることはないの」

「かなり大量なのでしょう? 人数が必要よね」

 うなずくシンシア。

「ヒンデミット家の男性使用人は老齢の執事を入れても三人よ」

「三人!?」

 その少なさに思わず聞き返す。

「元々小さな家柄だし、ウェルナーの父親が行方不明になってから財政が厳しいの」

 よく知っているわねと感心すると

「だって前世の記憶を取り戻してから、三年も調べてきたのよ」

 と彼女は胸を張った。

「一人で? すごいわ」

「いいえ、亡くなった兄の従者に協力してもらっていたわ。あれこれ嘘くさい作り話をして頼んでいたけど、兄のためになるからと言うと信じてくれていたの」

 忘れていたけど、彼女にはもう一人兄がいた。事故で亡くなってからまだ一年ほどじゃないだろうか。


「ゲームではクラウスが若き当主で、兄は存在しない。だから私なりに気をつけていたのよ」彼女は目を伏せた。「領地で暮らすことも提案したのよ。でも……」

 しばらく無言で唇を噛んでいるように見えた。それから彼女は顔を上げるとにこりと微笑んだ。

「今はもう一人の兄を守るときなのよ」


 なんで思い至らなかったのだろう。彼女は前世の記憶を取り戻したときに、兄の命の危険に気づいていたのだ。

 胸が苦しくなって、彼女の手を握りしめる。かけるべき言葉がわからない。

 シンシアは再びにこりとした。

「今度は失敗しないわ。もちろんウェルナーも、あなたも、ルクレツィアも守る」

 それでね、と彼女は話を切り替えた。


「ヒンデミットの三人と、ラルフ、アレンで五人。街中をなんとか貼りまわれるかどうかよね。王宮までは無理だと思うの」

「そういえば行方不明の調査官は二人よね。ウェルナーのお父様と、もう一人は?」

 すっかり忘れていたけれど調査官は二人。ウェルナーが疑われるのならば、もう一人の家族も疑われるのではないだろうか。

「近衛兵の幹部よ。当時四十歳ぐらいだったけれど、家族はいなかったようなの」

 それならその線はないのかな。


 「もっとも怪文書事件は、とりあえずおいておいて大丈夫」

とシンシアは息をついて、ぬるくなったお茶を口に運んだ。


「問題は殺人事件よ。ゲームではワイズナリー軍務大臣が執務室で殺される。犯人はザバイオーネ。理由は怪文書のことで口論になったから」

 彼女は一息おいた。

「だけど疑われるのはクラウス。彼は即日逮捕されるの」


 なんてことだ。


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