38・3裏町の情報収集力
「王宮の噂を消すのは厄介だが、まあ、何か考える」
隣を歩くリヒターを見る。
どうやら教会でしていた話の続きのようだ。
本当に優しい。
「ありがとう、大丈夫。友達たちが手を尽くしてくれるんだ。結構いるんだよ、信じてくれる人達が」
「そうか。良かったな」
うんと笑顔でうなずく。
「町のは無責任な噂だかんな。さっきので新しい噂が立つ。しばらくは面白がられるだろうが、すぐに忘れられるさ」
ありがとうと礼を言う。
「別料金をはずまなきゃね」
「当たり前だ。厄介事ばかり持ってきやがって」
「飽きないでしょ?」
「そういう問題じゃねえ」
そういえば。
「フェルグラート家の三人が私の味方ってよく知ってるね。本当、裏町ってすごい情報網なんだね」
仲がいいことは話したと思うけど、一連の事件でも味方してくれていると話した記憶がない。従者の動向まで知られているなんて、ちょっと怖いくらいだ。
「元僧侶のイケメン従者は目立つ。人気あんだよ」
「なるほど」
「一番人気は若い奴」
「アレンだね」
「壮年のも渋いって人気」
「わかる!」
分かんのかよと笑われた。
「真ん中のも堅物具合が可愛いんだとさ」
「母性本能をくすぐるんだろうね。私だってそう思うもん」
「ガキのくせに生意気だな」
「だって本当だもん」
この前のダンスレッスンはすごく楽しかった。フルメンバーが揃って話したのは初めてだった。楽しくてついついお茶の時間が長くなってしまったぐらいだ。
ふう、とため息をつく。
楽しいことだけを考えていられたらいいんだけどな。
「今回もお前の鬼門のフェルグラートのせいなんだろう?」
驚いて足を止めリヒターを見上げた。一言も、そのことは話していない。黒幕が誰かはっきりしていないからだ。
「ほんと、裏町ってどこから情報を仕入れてるの?」
「上流階級の奴らもその従者も、ヤバい店にけっこう来んだよ。身分を偽ってっけど、バレバレ。で、あれこれ喋ってく。特に従者はストレスが溜まってっからな。お喋りだぜ」
「そうなんだ。ヤバい店って何?」
お前は知らなくていいの、とかわされた。
なんというか。やっぱりリヒターはそっちの人間なんだな。一緒にいると、イメージする 『裏町』の雰囲気なんて全然ないのだけど。
「どうすんだ? 実際フェルグラートのせいでまずい目にあってんだろ? 占いが当たってる」とリヒター。
そうだねとうなずく。
「対策はあんのかよ」
「近づかない、関わらない」
そんくらいだよな、とリヒター。
リヒター専売特許(?)のため息を私がつく。
「そっちも策を考えっか?」
「悪い人じゃないの。今回の件もだいぶ気にしているようだし、彼の妹は友達よ。従者たちとも仲良し」
リヒターを見上げた。
「なんだか申し訳なくて」
「……反対だろ? 向こうのせいなんだから」
「だって公爵が直接何か仕掛けているわけじゃないのよ。元凶なだけ」
「十分じゃねえか」
実は、最近思うことがある。足を止めて改めて彼の見えない目を見る。
「ちょっとね、リヒターに似ているの」
「……あ? 俺が? 公爵様と?」
意外そうな声に笑う。
「顔……は知らないけど、雰囲気とかではないよ。向こうはものすごく優雅なお貴族様の手本みたいな人だから」
じゃあなんだよ、と不思議そうな声。
「優しいとこ」
「そんなん、王子様だってそうじゃねえのかよ」
「そうだね。上手く言えないのだけど。『優しい』でも色々あるんだよ。考え方が似ているのかな。あ、そっか。二人ともお人好しなんだ!」
「俺はお人好しじゃねえ!」
「めちゃくちゃお人好しだよ!」
ぶつぶつ文句を言うリヒターに笑いながら、また歩き始める。
「もう本当、関わりたくないんだけどさ。本当に本当にそう思うんだけどさ」
じゃないと悪役令嬢の末路決定だ。
「だけどその一言を悪意のないあの人に向けるのは、なんだかすごく罪悪感があるんだ」
「なんでえ」声が明るい。「お前が一番のお人好しじゃねえか」
「え? どこが?」
「さすがヘンテコなだけあんな」
そしてリヒターは私の頭をぐしゃりと撫でると。
「景気付けにバルに寄っか」
「やったあ!」
えへっと笑ってリヒターを見上げる。
サニーみたいに気軽に言えればいいのに。
リヒター、大好き。




