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38・2漏らされた秘密

『都の人間じゃないからいずれ出て行く』


 青天の霹靂だった。

 リヒターと知り合って八ヶ月ぐらいになる。いつの間にか、彼がいてくれることが当たり前になっていた。

 いつか会えなくなるだろうと考えていたけれど、それは私が結婚して町歩きが出来なくなったり、修道院に入ったりした場合だと思っていた。

 リヒターが都を出て行くなんて、考えもしなかった。


 一緒に行きたい。

『ひも』のお相手が恋人じゃなくて結婚するつもりもないのなら、そう伝えてもいいのだろうか。


 恋人じゃなくていい。私はポンコツだけど、リヒターのためならがんばって働く。今のお相手ぐらいに生活の面倒を見る。


 ……そばにいたいよ。




「アンヌ様?」

 はっとする。周りを子供に囲まれている。今は読み書きを教える時間だった。

「何かあったの? 遊んでるときも変だったよ?」

「リヒターにいじわるされた?」

「僕たちに出来ることある?」

 優しい言葉に笑みで返す。

「ごめんね、ちょっと疲れ気味なだけよ。心配しないで」

「でも泣いてる」

 その言葉に驚いて、目に手をやると確かに涙が浮かんでいた。触れた拍子にぽろりとこぼれる。まったく気づかなかった。

「ごめんね、大丈夫だから」

 子供たちは納得してない顔だ。そりゃそうだよね。

「さあ、やりましょう」

 笑顔を作って無理矢理会話を終わらせた。



 ◇◇



 寝ているリヒターを起こしに教会に入ると、彼は参列席に座っていた。初めてのことに驚いて足が止まる。

 気配に気づいた彼は振り返った。


「どうしたの? 起きてるなんて?」

 ひょこり、と。リヒターの陰からサニーが顔を出した。

「なんだ、話していたのね」

 サニーはたたっと駆けてきて、私にばふん!と抱きつくと

「アンヌさま、だいすき! リヒターも!」

 と叫んでまた駆けて行った。


「良かったわね、あなたも大好きだって」

 返事はため息だった。そして、

「ちょいとここに座れ」

 と言う。

 なんだろうと思いながらいそいそと隣にすわる。


「聞いた。泣いてたってな」

 顔がカッと熱くなった。サニー! さては報告したな!

「主婦たちか?」

 ん? 主婦たち?

「あいつらまで噂がまわってたのがショックか?」

 そうか。リヒターがいなくなることにショックを受けているとは思わないか。

 ここは勘違いのまま……。


 リヒターの見えない顔を見上げる。


 好き。

 一緒にいたい。


「……ちがうよ。リヒターがいなくなるのは嫌だ」

 小さな声で。本当のことを言う。

 怖くなってうつむいた。

「……ちゃんと最後まで面倒みるって」

 困ったような声。

 私はリヒターの声のスペシャリストだもん。

 そうだよね、こんなことを言われても困るんだよね。

「とりあえずはひでえ噂だよな。なんとか策を考えるから、泣くなよ」

 違うよ。そうじゃないよ。

 もう一度リヒターを見上げる。


 私はこの人の顔も知らない。どこに住んでいるのかも、名前が本名なのかも、本当に結婚してないのかも。

 それでも。


「あのね、」


「失礼ですが」

 私が言いかけた時、突然声がした。飛び上がり扉を見ると、二人の人影があった。

「ロレンツォ神父様はいらっしゃるでしょうか」

 心臓がバクバクいっている。

 逆光でよく見えないけれど、声からすると年配の男性のようだ。

「あ、多分、孤児院にいらっしゃいます」

 神父はリヒターがここにいる間は近づかない。以前は彼を嫌っていたから。今は惰性かな。

「呼んで参りましょう」

 立ち上がるとリヒターも続いた。

「俺が行ってくる」

 と彼は低い声で言うとさっと袖廊に入った。その先にも扉はある。


 しばらくするとロレンツォ神父がひとりでやって来た。リヒターは外で待っているようだ。


 私はいつもどおりに正面の扉から外に出た。

 二人とすれ違うとき、男性は会釈をした。もう一人は尼僧だった。かなりお歳を召していたけれど、背筋が伸びて美しい佇まいをした、美しい人だった。

 その方から高価な香木が香った。名高い修道院から来たのだろうか。男性の身なりも良かった。そうだ、言葉使いが上流階級のものだった。

 神父の知り合いなのだろうか。年の頃が近いかもしれない。

 外ではリヒターの腕にサニーがぶら下がって楽しげな声をあげていた。





 すっかり邪魔をされてしまった。

 だけれど、良かったのだ。

 リヒターは頭の回転がいい。だけど私が自分を好きだなんて塵ほどにも考えていない。いなくならないで、と頼んだって分かっていない。

 それが全てだ。


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