37・4恋バナ
話は変わるけど、と前置きのあとにシンシアは
「好きな人とは最近どうなの?」
と尋ねてきた。彼女はリヒターを諦めろと言わない唯一の人だ。嬉しくなって、
「デートをしたわ!」
と高らかに宣言した。
「本当? その人、恋人がいたのではないの?」
目を見張るシンシア。
「デートをしているつもりは私だけよ」正直に打ち明ける。「私がちょっとへこんでいたから、気遣って遊びに誘ってくれただけなの」
ああそうなの、と彼女はほっとした顔をした。
「万が一駆け落ちするときは、ちゃんと知らせてね」
「わかったわ」
それから日曜がどんなに楽しかったかを委細漏らさずに語った。聞きながらうっとりするシンシア。
「私もそんな素敵なデートをしたいわ!」
「アレンは? 何か良い口実がないかしら」
「だめよ」と頬を染めたシンシア。「上手く連れて行ってもらえたとしても、アレンだもの。そんな素敵にならないわ。お店を覗いたって、『買わないなら時間のムダ』と言われるだろうし、他人のカードゲームなんて、背後から指示を飛ばしそう。動物園なんて、ウサギの美味しい料理について話をするに決まっているもの」
アレン……。なかなか個性が強いのね。
「だけど羨ましいわ。私もシェーンガルテンを散歩してみたい。ねえ、手はつないだの?」
「まさか」
「そうなのね」
「……ちょこっと期待はしたけれど」
シンシアは目を見張ってから、くすくすと笑った。
「正直ね」
「だって! シンシアはそんなことは考えないの?」
「アレンは優しくないから。手を繋ぐなんて想像できないわ。恋人にだって、必要ないでしょうと拒みそうだもの」
「彼のどこが好きなの?」
「嘘をつかないところよ。どう見たって私は平凡顔でしょう? それを気遣って可愛いと言われるのは辛いの。だけどアレンははっきり言うのよ。お嬢様の顔は平凡だから、仕方ないって。すごく気が楽よ」
分かる気がする。リヒターも言葉に嘘がない。
「お互い厄介な相手に恋しちゃったわね」
私の言葉にシンシアはうなずいた。
アレンには恋人はいないようだ、と聞いている。
「まだ脈はなさそう?」と尋ねる。
「まったくね」とシンシア。「あちこちの小間使いやら侍女やらに告白されても、全部断っているようよ。どうやらクラウスに頼まれて還俗したけど、いずれは修道院に戻りたいみたい」
「そうなの?」
「ブルーノとラルフもね。うちの小間使い情報だけど」と彼女は目を伏せた。
「あんなに仲良さそうなのに」
「仲は良いわよ。だけどそれと信念は別ということか……」
彼女は言葉を切ってしばらく食べ掛けのケーキを見つめていた。
それから無理矢理笑顔をつくると、
「まあ、本人たちから聞いたわけではないから、本当にそう考えているかはわからないわ」
と言ったのだった。




