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37・3シンシアの決意

 クラウスは主人公ジュディットが嫌い?

「本人がそう言ったの?」

「明言は避けているけどね」とシンシア。「まあ仕方ないわ。出会いから最悪だものね」


 その言葉に首をかしげた。主人公がデビューした舞踏会で、私がぶつかったときが出会いではなかったのだろうか?

 そう尋ねると、シンシアはそうよとうなずいた。

「確かにあなたがぶつかって主人公のドレスがワインまみれになったけど、それは彼女が持っていたワインだったのでしょう?」

 確かに。

「しかも彼女は混み合っているところでワインを片手に休憩をしていた」

 そう言われれば、そうかも。

「悪いのはあなただけじゃないのに、主人公はあなたが謝ってもしょんぼりしているだけで、無反応」


 そうだ。あの時は焦っていて気づかなかったけれど、彼女の声を聞いた覚えがない。広間から馬車まで送る間も、彼女はクラウスのドレスに関する質問に消え入りそうな声で返事をしていただけで、私には首の動きだけの返答だった。


「ブルーノから聞いたの。クラウスはあの時の主人公の態度に相当頭にきていたみたい。いくら庶民出身で初めての社交界に緊張していたからって、ひどすぎる。あなたの優しさに乗っかって自分に否はないと勘違いしている、ってね」


 全くそんなことを考えたことがなかった。


「ワインはあなたのドレスにも飛んでいたのですってね。彼はそれを後日ゴトレーシュに伝えたようなの。だけど主人公は謝罪してないでしょう?」

「そういえばそうね。でもたいしたことのないシミよ。リメイクしてもらって、もう隠れているわ」

 シンシアは苦笑した。

「そういうことじゃないわ。彼女はクラウスに一緒にあなたの元に謝りに行ってほしいと頼んだのよ。だけど彼は自分で行きなさい、と断ったの。で、結局うやむやになった」

 これもブルーノ情報、とシンシア。

「そうして彼女は恋した男に、誠意のないろくでなし女との烙印を押されたの」


 ちょっとかわいそうな気もするが、それは置いておく。

 クラウスは主人公が嫌い。となると好感度はマイナス。ノーマルエンドも難しい。

「このままいったらバッドエンドなのね」

 うなずくシンシア。

「ごめんなさいね、もっと早くにブルーノを締め上げておくべきだったの。今の話を聞いたのが、昨日の夜なの。二人の出会いは聞いていたのだけど、ブルーノも口が固いから、クラウスが怒っていたことは黙っていたのよ。私も彼が主人公を嫌っていることに全く気づかなかったわ」


「あの人にも好き嫌いがあったのね」

 父一派とやりあってはいるけれど、他人に対して嫌悪を見せたことはないと思う。てっきり元修道士だから寛い心で人の好悪がないのだと思っていた。

「……そうね。主人公とか。名指ししたことはないけど博愛主義者ではないわよね。とにかく、かなりまずい状況よ」


 そうね、と返事をしてお茶を口に運ぶ。

 まずいけれど、大丈夫。いざとなったらリヒターが逃がしてくれる。最後まで面倒を見ると言ってくれたもの。




『最後』?


 最後、ってなんだろう。私が逃げおおせるまで?


「それでね」とシンシアの声に我に返る。「とにかく、今すぐに出来ることは、あなたが意地悪な令嬢じゃないって広く知らしめることだと思うの。悪役令嬢のレールからまずは降りないと」

「ありがとう。だけどどうやって?」

「草の根運動よ!」なぜか彼女は握りこぶしを作った。「噂には噂で対抗! みんなであなたはあんな卑怯なことはしない、優しい子だ、と言いふらすの。私、ルクレツィア、クラウディア殿下、クリズウィッド殿下、ウェルナー、ジョナサン」

「ジョナサン!?」

 思わず声が裏返る。

「今日ちょうど会ったの。仕事中だったみたいだけど、あなたが傷ついているから助けてと泣きついたら、二つ返事だったわ」

「ジョナサンが?」

「ええ。あなたは噂になっているような意地悪をする子じゃないって言ってたわ」

 ジョナサン……。ごめん、残念イケメンなんて笑っていて。いい奴なんだね。


「私もね」とシンシアは口を引き結んだ。「今日届いていた夜会の招待状に参加の返事をしたわ!」

「えっ!」

 息を飲んだ。

「クラウスにエスコートをしてもらって行くわ。沢山友達を作る。そしてあなたが優しい子だって、さりげなく広めるわ!」

「シンシア……」

 涙が浮かぶ。

「いやだ、なんで泣くのよ」

「だって! あなたの気持ちが嬉しすぎるのよ」

「もう! こんなに優しいあなたがあんな酷い噂をされるなんて、本当にひどいわ! ゲームのことがなくたって、噂を覆す努力は惜しまないわよ!」


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