37・1更なる濡れ衣
シェーンガルテンで主人公を見た時に気づくべきだった。私はまたも、濡れ衣を着せられた。
◇◇
リヒターと楽しいデート(風なお出掛け)の余韻も覚めやらない翌日の午後。父様が般若の顔で足音高く私の部屋にやってきた。また結婚が伸びるような事案が発生したのかと思った。だがそうではなかった。
挨拶も抜きに父様は
「ゴトレーシュのムスメモドキに手紙を送ったか!?」
と叫んだのだ。
ムスメモドキとは何ぞや?と思ったのは一瞬で、すぐにジュディットのことだと、そして昨日の彼女のおかしな様子に思い至った。
もちろん手紙なんて送っていない。そう告げると、父様は
「またか!」と叫んだ。「これはこのワシへの挑戦状でもある!」
父様があんまり興奮していて話にならないので、そば仕えの従者に何があったのか尋ねると、やはり昨日の件が関係していた。
ジュディットは私から手紙を受け取ったそうだ。それには『フェルグラート公爵のことで二人きりで話をしたい。誰にも言わず一人でシェーンガルテンのどこそこへ来てほしい』と書かれていた。
主人公であるジュディットは、なんの疑いもせず指示された通りの行動をした。
リヒターと私は警備隊の隊員が彼女を保護するまで遠くから見ていたのだけど、そのとき彼女はしきりに何かを訴えていた。それが、私にここに呼び出されているから待つしかないのだ、ということだったらしい。
おかげで王宮中、社交界中、この件を知らない人はいないという。もちろん、『可哀想なジュディット、性悪なアンヌローザ』という図式だ。
どうやらこの世界は、どうしても私を悪役令嬢に仕立てたいらしい。
◇◇
約束の時間よりだいぶ遅れてやって来たルクレツィアは、見るからに青ざめ焦燥していた。
リリーたちにさがってもらい、二人きりになると、主人公の騒動は父から聞いているとさらりと伝えた。
「こんなことになるなんて」ルクレツィアの目には涙が溜まっている。「もっともっともっともっと、用心しておくべきだったわ」
「私がね」彼女の手を両手で包み込む。「あなたではなくてね」
実は似たような事件がシンシアのくれた進行表にちゃんと書いてあった。ただし主人公が呼び出されるのはプチ・ファータだ。だから私もルクレツィアもシンシアも、私が王宮に出禁となった以上、この事件は起こらないと考えてしまったのだ。
「きっとどうやっても私が悪役令嬢になる運命なのよ」
そう言うとルクレツィアは
「……実はね」と声を震わせた。「あなたがいない隙に私が公爵に猛アピールしているって噂になっているの」
「ええ!? どうして!?」
「私ね、蝶の間の事件のあとに彼に猛抗議をしたの。だってあの人の愛人が仕出かしたことでしょう?」
本人曰く、愛人ではないような……。
「お願いだからあなたに近づかないで、愛人たちの争いに巻き込まないでって」
「それが誤解されてしまったのね」
うなずくルクレツィア。
噂の表面だけを見れば、ゲームと同じ状況だ。彼女も私も悪役令嬢。このまま悲惨な末路を辿るのだろうか。
「あの人もこの件にかなり動揺しているようなの。わざとではないのでしょうけど、また、あなたをかばってしまって……」
「ええ!?」
「蝶の間の事件の時に、あなたは主人公にドレスを弁償したでしょう? その時の詫び状と、昨日の手紙の筆跡を比べればいいって」
「彼が言ったの?」
「ええ。すごい剣幕でジュディットに詰め寄ったようなの。貴族が大勢いたサロンで。お兄さまとウェルナーが必死に止めに入ったらしいわ。彼女、泣き崩れてしまったそうよ」
完全に火に油を注いでいるよね。あの人、そんなにバカなの? 違うよね? 分かっているはずだよ、自分が全ての元凶だって。私は言ったよ。あなたは鬼門で私を破滅に導くって。なんでそんなことをしちゃったんだ。
純粋に腹を立ててくれたんだろうけど。冷静キャラだったんじゃないの?
「お兄さまたちが言うには、昨日の件の黒幕は蝶の間のときの愛人だろう、って。修道院に送られたことを逆恨みしているらしいの」
ため息がこぼれる。逆恨みをするなら、自分を切り捨てた国王にしてほしい。私が何をしたっていうんだ。
ちょっと気を失って、クラウスに運んでもらっただけじゃないか。それだけでなんでこんなに恨まれないといけないのさ。ひどすぎるよ。
……まあ。何気に、ダンスが初心者並みとか、ボート遊びをしたことがなかったとか、ちょこちょこ秘密を知っているような気がしないでもないけど。
……二人きりでボートに乗ったり、長時間ダンスの練習したりしてるけど。
……また土曜にこっそり練習予定だけど。
……ブルーノたちも一緒で、何気に楽しかったけど。実は次回も楽しみにしていたけど。
う、恨まれても仕方ない、ってことはないよね……。




