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36・2やっぱり『デート』

 週一回のお忍び外出では、孤児院での時間を長くとりたい。それにリリーと約束している帰宅時間を過ぎると心配させてしまうし、リヒターも予定がそれなりにあったりする。

 だから、悩み相談やバルへ寄ることもあるけれど、基本は目的地に直行直帰だ。


 だけど今日は時間がたっぷりある。のんびりとそぞろ歩きだ。気になるお店をのぞいたり、お爺さんたちが路上で興じているカードゲームを観戦したり。なんだか本当にデートみたいだ。


 シェーンガルテンに入ってからも、イーゼルを立てている人の後ろから描きかけの絵を観賞したり、大道芸に拍手をおくったり。美しく色づいた木々を見上げ、小動物園でウサギやキツネの愛らしさにほっこりする。


 すごく楽しい反面、普段は私じゃない人とこうしているのだろうと考えて、悲しくなってしまう。せっかくの機会なんだから、今のことだけを考えないとと思うのに、嫉妬というものは厄介だ。


 空いたベンチを見つけるとリヒターは、座っていろと言って自分は屋台に向かった。その後ろ姿を見て、あれ?と思った。前にもそう感じた気がするのだけど、それがいつで何だったのか覚えていない。何だったっけ?


 見ているとリヒターは何やら飲み物を買っている。戻ってきた彼が差し出したのは、白ブドウジュース。私が好きなやつだ。

 ありがとうと言って受け取る。

 引っ掛かりは思い出せないけど、その程度のことなのだろう。


 隣に腰掛けた彼は、同じものなのか白ワインなのか分からないものを一気に飲み干した。


「足は平気か?」

「ん? 大丈夫」

「だいぶ歩いたぞ」

「そうだね」

 昨日は予想外のハードトレーニングをしてしまった。さすがに疲れたのでリリーに頼んで入念にマッサージをしてもらった。心地よい疲労とリリーの神業のお陰でぐっすり眠って、今日は調子がいいぐらいだ。

「まだまだ歩けるよ」

「庶民並みだな」

 楽しげな声。そのことに嬉しくなる。


 周りを見回せば、若い男女がたくさんいる。きっとみんなデートだ。手を繋いでいたり、腕を組んでいたり、ラブラブモード全開ではっきり言って、うらやましい。

 私とリヒターはどんな風に見られているのだろう。


「……少しは気分転換になったか?」

「うん、すごく。ありがとう、リヒター」

「そりゃ良かった」


 きっとこの素敵な日のことは、生涯忘れないだろう。前世を含めても、初デートだもん。そしてきっと最後のデートだ。



「……それを飲み終わったら帰るからな」

「もう? 来たばっかりだよ」

「今から帰って、ちょうど小間使いとの門限の時間だぞ」

 そうなのか。もうそんなに時間が経っていたのか。

「また連れて来てやっから」

「本当?」

「楽な稼ぎだからな」

「そっか」


 そうだよね。リヒターにとっては『稼ぎ』だもんね。あんまり楽しくてすっかり忘れていたよ。


 二人で並んで帰路をのんびりと歩く。帰りたくなくてついつい歩みが遅くなってしまう。リヒターは私が疲れていると思っているのだろう。急かすこともなく、歩調を合わせてくれている。


 今日のことをあれこれ話していると、ふと視界に見覚えのある人影が入った気がした。辺りを見回すと、すぐに見つかった。ジュディットだ。相変わらず髪を下ろしているのですぐにわかる。しかもご令嬢の外出着姿なのに一人だ。きょろきょろ辺りを見回している。


 一体何をしているのだろう。

 足を止めて様子を見る。


「どうした?」とリヒター。

「あそこにゴトレーシュ伯爵令嬢がいるんだけど、様子が変なの」

 そちらを見たリヒターは、ああ、と低い声でうなずく。やっぱりおかしいよね。


 どうしよう。

 こんな姿でこんな所にいることを知られたくない。

 だけど彼女の様子は明らかに変で、周囲も彼女に注目している。ここシェーンガルテンは警備隊が巡回しているから、怪しげなチンピラには絡まれることはないだろうけど、心配だ。


「リヒター。何をしているのか聞いてきてくれないかな。私は顔を合わせたくないの」

 これが一番の解決策だろう。だが。

「やだね」

 聞こえた言葉に耳を疑う。嫌という言葉を彼から聞くのは初めてなんじゃないだろうか。

「俺はお前を守るための金をもらってんの。離れるわけにはいかねえだろ。何かあったらあの小間使いに顔向けできねえ」

 さっき屋台に行ったよね、とも思うけど、それとはケースが違うということかな。


「ちょっと」とリヒターは近くのカップルに声をかけた。「悪いけど、門衛か詰所の警備隊を呼んできてくれ」

 そう言って懐から出した巾着から銀貨を取り出して青年に渡す。

「ご乱心の令嬢がいる、事件になる前に保護してくれ、って」


 カップルは顔を見合わせ、それからリヒター、私と見る。不審そうだ。そうか、リヒター自身が不審者の外見だ!

「お願いします」と私も言い添える。「あの人、うちのお嬢様のお友達だと思うんです」

「俺たち、デートしてるのがバレるとまずいんだよ」とリヒターも小さな嘘を重ねる。


 なるほど、と二人はしたり顔でうなずき、任せてくれと足早に立ち去った。

 あの二人の中で、私たちはどんな関係になっているのだろう。


「ありがと」

 とりあえずリヒターに礼を言う。

『デート』って言葉ににやけてしまいそうなのは秘密だ。


 顔を隠そうとうつむき加減になったら、ふっと傷のある左手が目に入った。

『デート』しているんだから、手ぐらいつなぎたいな。

 と一瞬考えて自己嫌悪に陥る。

 ほんと、私って欲深い。


 変わらずきょろきょろとしている主人公を遠くから見守りつつ、ため息をついた。


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