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36・1気分はデート

 秋祭りは大嵐だった。

 今度こそはリヒターとデート(風なお出掛け)をしたいと毎晩願った。そのおかげか空はすっきりと晴れ渡り、良いお出掛け日和となった。


 リリーには口うるさくあれこれ言われたけど。出来ることならついて行きたいと嘆かれもしたけれど。だけど、私が信頼しているリヒターを信頼する、という論法でデート(風なお出掛け)を許可してくれた。


「デートじゃありません。あの人に恋人がいることをお忘れなく」とリリー。

「……でも恋人じゃないって言ってたもん」

「悪足掻きはみっともないですよ」


 そのくらい分かってるよ。

 言い方はどうであれ『ひも』をしているのだから、リヒターにはお付き合いをしている女性がいる。今日のお出掛けだって、私が疲れているように見えたから、気遣ってくれただけ。

 でも少しくらい夢を見たっていいじゃないか。


 悪役令嬢になりたくないのにゲーム補正なのか、勝手にそんな行動になってしまうし、クラウスの取り巻きたちには敵認定されているようだ。クリズウィッドは訳が分からない。

 何より自分の父親は許容範囲外の悪人だ。


「……お嬢様。出来ましたよ」

 リリーの声に目を上げる。差し出された鏡に映った私の髪は、町娘用のいつものひとつ結びじゃない。後ろにひとつに垂れていることには変わりはないけれど、ゆったりとした編み込みで、可愛らしい花のピンが差してある。私の物じゃない。


「アンヌ様のお手持ちの品だと豪華すぎますので、私のを差しました。どうでしょう」とリリー。

「……すごく可愛いわ」

 普段と雰囲気が違う。優しく可愛らしい女の子に見える。しかも休日デートっぽい。

「ありがとう」

「あまりの可愛さに、あの人がうっかり気の迷いを起こしたら、ちゃんと殴るんですよ」

 吹き出す。

「そんなことはないわよ」

「わかりません。こんな可愛らしいお嬢様に心動かない殿方がいるとは思えませんから」

「もう。リリーったら信頼してるの? していないの? どっちなのよ」

「してますが、アンヌ様はそれを凌駕する可愛さです!」


 リリーの優しい気遣いに礼を言って立ち上がる。今日はいつもの大きなカゴでなくて、小さく愛らしい布のバックだ。これもリリーのを貸してくれた。ほんと、デートみたいだ。


「いいですか。帰宅時間は守ってくださいね! 二日連続で誤魔化すのは大変なんですからね!」

「分かっているわ」

「不埒なことをされそうになっても喜んだらダメですよ! 殴るんですよ!」

 そんなことありえないけど。あったら、確かに喜んでしまうな。

「お嬢様!」

「分かっているってば! リリーってば心配しすぎよ。デートだと思っているのは」鼻の奥がツンとした。「私だけだもの」



 ◇◇



 いつもの待ち合わせ場所に行くと、リヒターは普段と変わらない様子で立っていた。

 駆け寄っておまたせ、と言う。だけど返事がない。

「リヒター?」

「……可愛いじゃねえかよ。ポンコツガキのくせに」

「本当!?」

 嬉しくて飛び上がりそうだ。

「もう一回言って!」

「ポンコツガキ」

「違うよ! 意地悪!」

 まったくガキは、とリヒターは呟いて。

「……可愛いよ」

「へへっ。リヒターはいつもかっこいいよ!」

「そうかい」

 嬉しくて泣きそうだけど、ぐっとガマンをする。心の中でリリーを拝む。

 ありがとう、リリー。


 ふと彼女の言葉が甦る。

『あまりの可愛さ』『気の迷い』


 も、もしやワンチャンあるかな?

 隣を歩くリヒターをちらりと見上げる。


 だけどさすがに欲張りだ、と自分を戒めた。

 他人のものを盗ったらいけない。子供でもわかることだ。

 だから、邪なことも考えないんだ。


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