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35・2ダンスレッスン

 ダンスの伴奏をアレンがピアノで弾いた。修道院では聖歌の伴奏係だったそうだ。還俗してから世俗の音楽を弾き始めたとのことだけど、なかなかの腕前で驚いた。

 イケメンだし、演奏家デビューしたら、あっという間に売れっ子になること間違いなしだ。


 その伴奏にのって、まずはクラウスとシンシアで踊ってもらった。すぐに問題点が判明する。


「確実に踊り慣れてないわよね?」

 と言ったらアレンが吹き出して声を押さえて笑っている。どうやら当主に対しても率直さを隠していないらしい。


 クラウスはやはり器用なのだろう。ろくに習っていないのに、ステップを間違えることもないし、一応は様になっている。ただし、初心者レベルで。


「普段の優雅さが欠片もなくなるのはなぜなのかしら?」

 アレンの笑いがまだ漏れ聞こえる。

「リードをしている感もないし。下手だと言われるほどでもないけど、あなたのイメージは総崩れね」

「やっぱりアンヌに来てもらって正解ね」とシンシア。「私じゃ比較対象がいないから、そんなことは分からなかったもの」

 本当にありがとう、と握手をしてくる。


 クラウスはわかったとうなずいて、笑っているアレンを怒るでもなく鏡の前で一人ステップを踏み始めた。

 真面目か!


「とりあえず踊りまくったほうがいいと思うけど」

 こそりとシンシアに告げる。地は出来ているのだから。

 そうねとうなずいたシンシア。

「じゃあ次はアンヌが踊ってね。私も今のアドバイスを念頭に見てみるわ」


 ◇◇


 それから私はクラウスと踊り続けた。シンシアとの交代もなく。


 彼女はなぜかラルフとブルーノと一曲交代で踊っていた。なぜなら二人がいつ素敵なご婦人に見初められてもいいように、主人と共に練習に励んでいるためらしい。……というより、シンシアが励ませているようだ。


 ブルーノは上手くはないけれど楽しんで踊っている。一方ラルフは完全に表情筋が死んでいる。二人の差がおもしろい。



 それにしてももう倒れるかもと思い始めたころ、ラルフが菓子やお茶セットを持ってきた。

 見ればシンシアもいつの間にか椅子に座って流れる汗を拭いている。


 広間の隅に即席のお茶席が出来て、私と兄妹が席についた。ラルフがぎこちない手つきでお茶を入れてくれる。

 他の使用人たちに、来客がラムゼトゥールの娘だと知られる訳にいかないのでご容赦願う、とアレンが言った。彼もピアノを弾き続けていて疲れたのか、手指を動かしたり、腱の間をもんだりしている。手袋をしたままで。ピアノもそれで弾いていたのだろうか。器用すぎる。


 私も汗を拭いていると。

「すまない」とクラウス。「休憩を挟むべきだった」

「どうにも集中すると、周りが見えなくなるんです」とブルーノ。

「長所でもあり短所でもあり」とラルフ。

 この三人はケロリとしている。汗もうっすら滲んでいる程度だ。

「この人たち、体力が尋常じゃないのよ。忘れていたわ、ごめんなさい」とシンシア。「私もこんなに集中して踊るのが久しぶりで。アンヌは大丈夫?」

「あと一曲踊っていたら、白目を向いていたわね」

 ぷっと兄妹が笑う。顔は全く似ていないけど、どちらも笑顔は人懐っこい。やっぱり兄妹なのだ。


 ふと気づくと、三人の従者兼護衛は隅に控えて立っている。

「みなさんに座ってほしいわ」とクラウスに頼む。「疲れたでしょうに立たれていると、私が落ち着かないの」

 彼は柔和な笑みを浮かべると、三人に休憩するよう言った。

 王宮で会うときより、クラウスも三人も雰囲気が柔らかい。やはり敵だらけの外では気を張っているのだろう。


 ただ気になることがひとつ。

 アレンもそうだが、クラウスも手袋をしている。自邸だというのに。

「お屋敷でも外さないの?」

 思いきって尋ねると、

「見目の良い手ではないからな」

 となんでもないことのような口調で返された。シンシアは悲しげに目を伏せている。

「私は仕事をしている手は好きだけれど」

 そう言ってブルーノとラルフを見る。彼らは離れて座り、水を飲んでいる。

「ルカ僧の指がとても印象に残っているのよ」と話しかける。

「……そうなのですか?」とブルーノ

 うなずく。

「剣を使う方の手を初めて間近で見たの。それにルカ僧はあなたたちにくらべてかなり細身だったでしょう。なんだか節くれだった指とのバランスが不思議で……」


 私の掌をなぞる指。まだあの感触を覚えている。

 悪夢のようだった出来事は記憶に鮮明に焼き付いている。だけれど盗賊に馬車から引きずり出されたときや縛り上げられたときの感覚がまったくない。恐怖でそれどころではなかったのではないかと思う。

 そんな中でルカ僧のゆっくりと文字を書く指の感触だけはしっかりある。


「きっと彼もあなたが覚えていることを喜んでいるでしょう」

 にこりとするブルーノ。

 そうだろうか。感謝していると伝えていないのに。


「ブルーノ」とクラウス。「一息ついたら彼女を送ってくれ。馬を出すといい」

「お気遣いなく。歩いて帰れるわ」

「アンヌ。来週も来られる?」とシンシア。

「ご迷惑だ」とクラウス。

「大丈夫よ」と私。「ヒマだもの」


 あ。悪役令嬢。

 まあ、いいか。ここでジュディットに会うことはないだろうし。誰かが秘密を漏らすこともないだろう。


 ちらりと攻略対象その二を見る。

 見栄っ張りなぶん努力家で、そのくせ手を見せられないと自邸ですら隠している。その原因は父なのだ。私に出来る協力はしないと、私は自分を嫌いになってしまう。


「ご遠慮なく」と私を破滅に導くかもしれない人に笑みを向けた。


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