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35・1シンシアからの依頼

 父親の代わりにクラウスに償いをしたいのなら、頼みたいことがある。


 シンシアにそう言われて二つ返事をした。そんな私に依頼されたのは、ダンスレッスン。首を傾げる私にシンシアはにっこりと笑って、日時が決まったらお手紙を出すわね、とだけしか言わなかった。


 私なんかが教えなくても、フェルグラート家なら優秀な教師を雇えるだろうに。それとも引きこもりのシンシアは、見知らぬ教師が怖くて私に依頼したいということだろうか。

 それにそれがどうしてクラウスのためになるのかが、よくわからない。


 とにかく頼まれた通りに、町歩きの服装で屋敷を抜け出して迎えのブルーノと共にフェルグラート邸へ向かった。

 そしてブルーノの恋人(!)のふりをして屋敷に潜入。やはりラムゼトゥールの娘が正式に入るのはいただけないらしい。


 そうして通された広間では、満面の笑みのシンシアが待っていた。それから驚きの表情で固まっているレアな姿のクラウス、同じく目を丸くしてシンシアと私を見比べているラルフ、意地の悪い顔をしているアレン。


「えーと、シンシア?」

 状況が飲み込めない私は挨拶も忘れて尋ねた。クラウスたちに相手をしてもらうにしても、反応が変だ。

 すると彼女はにっこりとして兄に向き直った。

「今日の特別講師です!」

 と、私を両手で示して紹介する。

「いや!」と焦りをにじませた声のクラウス。またまたレアだ。「なぜだ!」

「だってアンヌはダンスが上手なんでしょう? 自分でそう話していたじゃない。口も固くて信用できるし、何より彼女が何でも協力してくれるって言ったのよ!」

 シンシアはさも当然といった顔つきだ。

「だが、クリズウィッドの耳に入ったら……」

「あら、このメンバーにそんなお喋りはいないでしょう?」シンシアは私を見る。「内密にしてくれる約束だものね」


 ええとうなずく。だけどなんだかおかしい。

「今日はダンスのレッスンよね」

 うなずくシンシア。

「シンシアの」と私。

「いいえ。クラウスのよ」とシンシア。

「へ?」

 思わず令嬢らしからぬ声が漏れてしまった。


 シンシアの話によると、クラウスがダンスを習ったのは修道院に入る前の僅かな期間だけらしい。

 世俗に戻ってからは、踊れないとの噂になるのを恐れて教師をつけていないという。舞踏会の見よう見まねとシンシアの指導で練習をしているそうだ。


 そう言われて見ると、彼が踊っているのを見たことがないかもしれない。


 ところが意地悪な父たちによって、一月の舞踏会で、ジョナサンの妹のデビュタントをエスコートすることになってしまったそうだ。

 それで今、猛特訓中だという。


 ただシンシアも引きこもりなので、兄が上手いのか下手なのか、いまいち判断がつかなくて困っていたらしい。

 で、私に白羽の矢が立った。


「見栄っ張り過ぎない?」

 こそっとシンシアに囁く。

「よく知らないけれど、イメージ戦略なんですって」とシンシア。「バレさえしなければ大丈夫だと思うから、よろしくね」

「そうかな……」


 取り巻き軍団の目を思い出すだけで怖いんだけど。でもここまで来ちゃったし。秘密を保てば大丈夫だろう。多分。

 クラウスに向き直って、それなら今日は頑張りましょうと言った。

 帰って来たのは、ものすごく深く長いため息で。それから

「シンシアが無理を言ったようで、本当にすまない」と謝られた。

「彼女は大事な友達だもの」

 そう返すとクラウスは優しい笑みを浮かべ、ありがとうと言った。


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