34・3お父さん?
それにしても。
隣にすわるリヒターを見上げる。
「リヒターってお子さんがいるの?」
「……は?」
長い長い間があって。
「いるわけないだろう!」
と彼は叫んだ。
「だって子供の扱いが上手いんだもの」
サニーとのやり取りを見ていたら、
「お父さんにしか見えなかったよ」
「お前、俺をいくつだと思っているんだ!」
「三十一だよね」
この世界なら大抵の人間は結婚してる年齢だ。リヒターは独身だと思っていたから今までは考えていなかったけど、子供が三人四人いてもおかしくない。
「……傭兵はその日暮らしだから、まだ家族を持つようなトシじゃねえの」
「そうなんだ」
ほっとする。実は十代の子供がいるとでも言われたら、さすがにショックだ。
「前に話してた、『やらかした』って言うのは、何をやらかしたの?」
ずっと気になっていたこと。リヒターはガサツだけど穏やかだし、お人好しだ。近衛兵に絡まれても冷静に対応していたから、ケンカっ早いということもないだろう。
どうにも顔を隠して逃げ出すイメージが湧かないのだ。
「リヒターにはお世話になっているから、私で取り成せることなら、令嬢でいるうちに協力するよ」
これでも宰相の娘だ。父親の権力を笠に着るのは嫌だけど、お金で解決するとか法律家を紹介することならできる。
そう言うとリヒターは、
「ありがてえけど、それじゃ解決しねえことなんだ」
と言って話を切り上げた。
力になりたいのに。
「私ばかり助けてもらってる」
「きっかり支払いしてもらってるだろ」
もっと役に立ちたいんだけどな。でも話したくないなら仕方ない。
「で? 逃げ出したいのは王子からでいいのか?」とリヒター。
考える。
「全てから、かも」
疲れてんだな、とリヒターは呟いて頭を撫でてくれた。気持ちが良くて目をつぶる。
本当に二人で遠くに行けたら、どんなにいいだろう。
一生懸命働いて、リヒターを養うよ。私もちゃんとハンカチにアイロンをかけて、お財布に銀貨金貨が絶えないように入れておくよ。
……ちょっと調子に乗ってもいいかな。
リヒターの肩に頭をもたれさせたいな。
それはやり過ぎかな。
でも、疲れてるって言ってくれたし。そうだよ、私、疲れてるからもたれちゃうんだよ。
よし!
「帰るか」
私が行動を起こす寸前で立ち上がったリヒター。
あれ。私の思考を読んだのかな。やっぱり疚しいことは出来ないんだね。
反省をして私も立ち上がる。
「週末はヒマか?」
「週末?」
リヒターの見えない顔を見上げる。
「川向こうのシェーンガルテンにでも行くか?」
シェーンガルテンは都唯一の公園だ。古くは王家の狩場だったらしく、今でも森林が残っている都びとの憩いの場だ。
そして庶民のデートスポットでもある。
「お前は少し気分転換したほうがいい」
「うん! ……あ」
土曜は予定がある。
「日曜でいい?」
リヒターのうなずきに胸を撫で下ろす。
「へへっ。楽しみ!」
「土曜は何があんだ?」
「あぁ」
ちょっとだけ複雑な気分になる。
シンシアの考えがよくわからない。
「ダンスレッスン?」
「なんで疑問形なんだよ」
笑うリヒター。
だって謎すぎる依頼なんだもの。
だけど日曜はデートだ。
リヒターがどう考えてようが、高額料金が発生しようが、私にとってはデート。
夢みたいだ。




