34・〔閑話〕三兄妹の対策会議
第二王女クラウディアの話です
「失敗したのだろうか」
膝に肘をつき両手で頭を抱えるあほんだらの双子の兄クリズウィッドには、いつもの王子オーラがまったくない。それだけがたったひとつの美点なのに。
「姑息な手を使うからよ」
自分でする爪のお手入れの真っ最中だったのに、クリズウィッドはなんの先触れもなく部屋に突撃してきて長椅子に座り込んで情けない声を出している。
相手なんてしたくもない。辛気くさい。
「だってお姉さま。最善の策よ」
兄と一緒にやってきた可愛い妹ルクレツィア。こちらには笑顔を向け、一言放つ。
「姑息!」
兄と妹は性格が似ているから意見も合う。私はずっと、その方法は上手くいかないって忠告していたのに、結局二人は姑息な手段を選んだ。
上手く行ったように思えたのは一瞬だけだった。
「ちゃんと言うべきだったのよ。『お前が好きだ、私を好きになってほしい』って」
「だってアンヌローザは好きな人がいるのよ。あの子の性格じゃ、お兄さまの気持ちに応えられないって悩んで逃げてしまうわ」
必死の形相のルクレツィア。
「どのみち逃げられているじゃない」
彼女はうっと唸って口を閉じた。クリズウィッドは深く息を吐く。
クリズウィッドがルクレツィアの親友であるアンヌローザを特別に思い始めたのは、そんなに昔じゃない。二人が婚約する数ヶ月前、妹と楽しそうに笑いあっている彼女を見ていて、突然にずっと彼女の笑顔を見ていたいと思ったんだそうだ。
なんたる乙女思考! 男ならもうちょっと疚しいことを考えてもいいのじゃないかしら。
とはいえ彼女はあのラムゼトゥールの娘で、そんな願いが叶うことはないと兄も私も考えていた。そもそもあの宰相が、私たちとの交遊を放置していることが奇跡なのだから。
それがどういう訳か、気づけば婚約が成立していた。
あのときのクリズウィッドの喜びようといったらなかった。
その勢いで好きだと告げてしまえばよかったのだ。それなのにこのエセ紳士は、妹にしか恋心を明かさなかった。愛しの彼女はまだ恋愛に疎いようだから、じっくり待つなんて格好つけたのだ。
それが全ての間違いだった。
恋愛に疎いはずのアンヌローザはいつの間にか、どこの馬の骨とも分からない庶民の怪しい男を好きになってしまった。
なんでそうなる、とさすがの私も愕然とした。幸いと言うかなんと言うか、その男はヒモ暮らしをしているという。真面目なアンヌローザに略奪なんて気は毛頭なくて、片思いを大切にしているだけ。その男とどうにかなろうとは考えていないらしい。
彼女が純情な娘で助かった!
とは言え、純情すぎてクリズウィッドに申し訳ないから婚約が辛いと言い出した。
それからのクリズウィッドの無様なことと言ったらない。必死に彼女を振り向かせようとして、余計に墓穴を掘っている。他の男を近づけまいとして冷静さを欠き、結果、彼女の足は王宮から遠退いた。
彼女が信頼し慕い、なおかつ命の恩人であるブルーノにまで怒りを向けるからだ。嫉妬に狂うにもほどがある。
もう彼女は私たちの元に来てくれないかもしれないと、みな恐慌した。
だけどアンヌローザは戻って来てくれた。健気にクリズウィッドとの仲を改善しようとがんばってくれた。
ここで馬鹿は、好きだと告白すべきだったのだ。好きだからこそ、空回りしてしまうと謝るべきだった。
それなのに、本心を伝えたら彼女は心苦しくなって逃げてしまうと考えて告白しなかった。
そればかりか、自分には本命がいるなんてつまらない嘘をついて、彼女の気を楽にするなんて作戦に出た。
馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。
彼女のことを考えているようで、結局は逃げられるのを恐れて保身に走っているだけ。クリズウィッドはそれを自覚していない。
挙げ句に本命は他所にいるなんて言いながら、友人達には彼女の誕生日を祝うことさえ許さない。そんな嫉妬まみれの不自然な空気を彼女が気づかないはずがないではないか。
今回の彼女の王宮出禁は、クリズウィッドには全く関係がない。それなのに、彼はアンヌローザに会うことができない。
どう考えたって、避けられている。
同じ逃げられるなら、ストレートに好きだと伝えた方がよかったのだ。
「やっぱりアンヌの好きな男に会いに行きましょうよ」
必死のルクレツィア。
どこに住んでいるかもわからない男だけれど、アンヌに張り付いていれば会えるはずだという。
「それで頼むの? アンヌローザに会わないでって? 彼女は会いたくて会いたくて仕方ないのに?」
何度も繰り返している応酬。
「分かっているでしょう? そんなことをしたら、あなたは親友をなくすわよ」
だけど、とルクレツィアはうつ向いた。
彼女の気持ちはわかる。兄と結婚してほしい気持ちが半分。親友が騙され辛い目にあうかもしれないという不安が半分。
私だって妹のように可愛いアンヌローザが、見知らぬ馬の骨(しかもヒモ!)に踏みにじられないか不安だ。
だけどだからと言って、彼女から愛する男をとりあげるのはあまりに傲慢だ。
どのみちその男が姿を消しても、彼女がクリズウィッドを好きになることはないだろう。想いを隠して姑息なことをするからだ。
「どうすればいいのだ」
頭を抱えたままの、愚かな兄。
「何も小細工をしないの」
さすがに可哀想だから、アドバイスぐらいはしてあげよう。
「当たり障りのない手紙を出すだけで我慢なさい。手紙の添削はしてあげるから」
「……わかった」
手入れの終わった爪をみる。
うん、きれいだ。
必死に恋心を隠している彼も気の毒だ。私に出来ることぐらいはやってあげてもいい。
本当、あっちもこっちも、手がかかるったらありゃしない。
読んで下さってありがとうございます。
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昨日の回で100話でした(人物紹介のぞく)。
ですので記念の小話を書きました。
読まなくても本編に影響ありません。
☆おまけ小話・お姉ちゃんは苦労する☆
(クラウディアの話です。今話の続き)
「それじゃあクリズウィッドはのんびり手紙でも書いていて。ルクレツィア、行きましょ!」
そう言って立ち上がる。それだけでピュアな妹は顔を薔薇色に染めた。どれだけ可愛いのだ、この子は。
「どこへ行く? 何か予定があったか?」
鈍い兄は斜め上に視線を彷徨わせているから、私たちの予定を思いだそうとしているようだ。
「今日の西翼の警備は第八師団よ」
私の言葉にルクレツィアはもじもじとし、馬鹿兄は微妙な表情になった。未だにこの阿呆は妹の恋に納得がいってないのだ。そのくせ妹と愛しいアンヌローザに嫌われたくないから、応援しているふりをしている。姑息!
「今日のジョナサンは巡回だから、逃すと会えないのよ。あなたに構っているヒマはないの」
まだ兄を気にして立ち上がらない妹の腕を取って立たせる。
「酷いな」と呟くクリズウィッド。
「手紙を添削してあげるのだから、文句を言わない!」
ぶつくさ言う兄。というか、絶対に先に生まれたのは私にちがいない。だってこの情けなさは兄の貫禄ゼロだもの。本来はきっと弟だったのだ。
そんな不甲斐ない奴に、じゃあねと言って、ルクレツィアと部屋を出る。
「お姉さま、ありがとう」
はにかんだ顔の妹。
「クリズウィッドは上手くいってなかろうが、立場は婚約者。あなたは上手くいってない上に立場も何もないのよ。いじけた愚痴に付き合うヒマがあるなら、ガンガン攻めなさい」
妹は胸を押さえた。
「正論がキツイわ!」
「私という素敵な姉がいて良かったでしょ」
「ええ、もちろんよ」
と前方の廊下の角からジョナサンとその他が現れた。良かった、出会えた。向こうもこちらに気づいたようで、巡回中なのに軟派に片手を上げた。
お互い十分な距離まで寄ったところで声をかける。
「今日は第八師団だったのね」と知らなかったふりをする。「ご苦労様」
鷹揚にうなずくジョナサン。
「何か変わりはないかい?」
「ないわよ。ね、ルクレツィア」
ジョナサンの視線が彼女へ動く。なのにルクレツィアはうつむいて冷めた声で、ええ、の一言で終わり。
まったく! 会話をする努力をしなさい。せめて笑顔を見せる努力を!
だが。
「アンヌローザはどうしてる?」
ジョナサンが問いかけた。良かった、彼が鋼の心臓で。それとも冷ややかな態度のルクレツィアに慣れきっているのかしら。
「元気にしてるわ。一ヶ月のお休みだからと伸び伸びしているようよ」
さすがアンヌローザ。王宮に興味がないから出禁なんてなんの苦でもないのだろう。
「彼女らしい」ジョナサンも苦笑いを浮かべた。「落ち込んでいなくて良かった」
「ええ。ありがとう。アンヌに伝えておきます」
それじゃと、ジョナサンとその他とすれ違う。
ルクレツィアはまだうつむいているけれど、会話が出来たことが嬉しいようだ。口の端がにやけているのがわかる。
肘で彼女をつつく。
「次は目を見て喋るのよ」と囁く。
「無理よ! これだけで心臓が爆発しそうなのよ!」
「可愛い! ルクレツィア、可愛いわよ。だけど生ぬるい! まともに会話が出来るころにはおばあちゃんよ」
だってと赤い顔で呟く妹。
なんでみんながみんな、手がかかるのかしら。自分の恋ぐらい自分でなんとかしてほしいのに!
まったく、お姉ちゃんは大変だわ。




