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34・1キャパオーバー

「父様関連の悪事が本当に酷いの」

「仕方ねえ、お前の父親は稀に見る悪党一味だ」

 リヒターはそう言ってから、私の頭をわしゃわしゃ撫でた。

「あんましひでえから、神様が良心を遣わしてくれたんだな」


 ぼんやりと私たちを見下ろしている像を見ながらリヒターの言葉を考える。

 いつもの孤児院。

 教会の中で寝ている彼を起こして帰ろうと思ったけど。結局愚痴タイムに突入してしまった。

 リヒターは、別料金!と決まり文句を言ってから話をちゃんと聞いてくれている。


「……もしかして良心って私のこと?」

「だろ?」

「それは買いかぶりだよ」

 私はそんな善人じゃない。

「お前の父親レベルから考えたら、お前は奇跡的にまともな人間だ」

「……父様よりはマシかな」

「兄よりもな」


 思わずため息がこぼれる。

 この前の町歩きのときに、兄とオズワルドの風刺画のビラが落ちているのを見た。前々から評判の悪い二人だ。ビラには『次世代の悪夢』との文字が書かれていた。残念ながらその通りだと思う。二人とも典型的な成金の放蕩息子、だ。勉学的には頭が良い。だけれど道徳観念の欠如は著しい。



「……私、王子の妃にならないとダメなのかな」

「あ? なんだよ急に」

「言われたんだ。目前の悪事を忘れないで王子妃になったときに改善のために尽力すればいいって」

 それは近衛兵の悪事についてだけど、同じことだよね。

「……王子と結婚したほうがいいけど、それはお前のためであって、親の罪を償うためじゃねえ。結婚したいならそうしろって話だ、きっと」


 リヒターは優しいなあ。

 だけど私のために結婚を勧めるって、その考えがもう、私にはキツイんだ。


「なんでみんながみんな、殿下との結婚を勧めるのかわからないよ」

 スカートをキュッと掴む。

「私の気持ちなんてどうでもいいのかな」

「ちげえ。お前はまだガキだから判断ができてねえ。みんなはお前が幸せになれる道を勧めてんだ」

「リヒターも?」

 隣にすわる見えない顔を見上げる。

「……そうだ」


 泣きそうだよ、リヒター。

 優しいのは嬉しいけど。あなたがそう言うのは残酷なんだよ。

 再び地面を見つめる。



「お前はヘンテコだけどな。いい奴だから幸せになってほしい」

「そっか。ありがとう」

 裏表のないストレートな言葉。 私の好きなところ。だけどな。

「色んなことがありすぎて、どうすればいいのかわからないよ」



 ゲームのラストは二月末だ。あと約四ヶ月後。ゲーム通りに進むと、近いうちに怪文書事件が、その後年内中に殺人事件が起こる。

 シンシアは殺人事件については、怪文書事件が実際に起こったら詳細を話すと言って、まだ詳しく教えてくれない。

 被害に遭うのは私や彼女の近しい関係者ではないと言う。


 それでも防げるものは防ぎたいし、悪役令嬢になりたくないし、父様たちの犯罪は辛いし、ルクレツィアはジョナサンと結ばれてほしいし、私は結婚したくないし、シンシアの脱引きこもりの力になりたいし、リヒターが好きだし、もちろんここ孤児院も心配だし……


「キャパオーバーだよ」ぽそりと呟く。

「……一番はどうしたい?」

 そう尋ねるリヒターの声が驚くほど優しくて、うっかりそばにいたい、と答えそうになった。


「逃げ出したい」


 それは二番目の願い。

「好きな奴と?」

「それだったら素敵だけどね。一人でいいの」

「……じゃあ俺と逃げるか?」







 俺と逃げる?






 言葉の意味がゆっくりと脳内に広がる。

 隣にすわるリヒターを見上げる。顔は見えない。表情もわからない。


「なんてな」いつもの口調。「逃げんのは最終手段だ。対策立てられんのは考えてやる。まずは何だ? 王子か? 婚約解消か?」


「……どうにもならなくなったら、一緒に逃げてくれるの?」

「どうにもならなくなったらな。お前一人じゃすぐ強盗に遭っちまう。その代わり高えぞ」

「……うん」


 涙がポロポロこぼれる。

「うわ、またかよ!」

 そっと抱き寄せられた。

「泣くなよ。乗り掛かった船だ、最後まで面倒見てやるから。心配すんな」


 うん、うんと何度も繰り返しうなずいた。


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