33・3現実のクラウス
クラウスは遠くから見ている分には優雅な青年貴族で、ゲーム通りに周囲を常に女性に囲まれている。
近寄って話せば、修道士の面影が垣間見えるときもある。
見栄っ張りのところもあるけど、概して穏やかで親切だ。かなり助けてもらっているし、ルクレツィアのことで協力もしてもらっている。
「私、クラウスと関わりたくないけど、嫌いではないわ。彼が都を出る理由がもしも良くないものならば防ぎたい」
「ありがとう。私もよ」とシンシアは笑みを浮かべた。「彼は絶対に主人公とのハピエンは望んでいない。それ以外の道で、彼には幸せになってもらいたい。いちゲーマーとしても、妹としても」
「私は何をすればいいのかしら」
「あなたは悪役令嬢回避に全力を尽くせばいいのよ」
「でも」
あの人が都を離れていたのも修道院に入ったのも、元をただせば父たちのせいだ。もしかしたら王として不自由のない生活を送れたかもしれないのに。そうすれば自分の手を醜いからと隠すこともなかっただろう。
なのに何もしないなんて。
「今回の件だってクラウスやラルフたちは、自分たちのせいでとショックを受けているのよ。あなたを巻き込みたくないと、心から思っているの」
「ラムゼトゥールの娘なのに?」
シンシアは笑顔を消し真剣な眼差しで私を見た。
「彼やウェルナーから悪意や嫌悪を感じたことがあるの?」
その言葉にはっとした。
彼たちからマイナスの感情を向けられたことは一度もない。
「ないわ」
きっぱりと答える。
「でしょう? 少なくともクラウスは、ちゃんと分かっているのよ。あなたやルクレツィア、クリズウィッドたちは何の関係もないってね。ウェルナーとどういった理由で繋がったのか知らないけど、二人の仲の良さは本物だし、クリズウィッドのことも大事な友人だと考えてる」
「……人が善すぎるわ」
「損な性分よ、きっと」
以前彼女から、クラウスがフェルグラート家でどんな扱いを受けていたか聞いた。
両親の結婚は政略で、父親には本命がいた。それがシンシアたちの母親だ。
クラウスの母親は彼を産み、すぐに亡くなった。やがて王位継承問題が発生し、彼が敗れると、父と祖父は彼を別邸に移し、シンシアたちの母親を本邸に迎え入れた。
クラウスは別邸で僅かな使用人に囲まれて慎ましく生活をし、やがて領地に居を移したそうだ。そちらも同じような状況だったらしい。
普通ならば父と継母、異母弟妹を憎む状況だったはずなのよ、それなのにあの人は『ちゃんと』兄なの。
その時のシンシアは申し訳なさそうに、そう語った。
シンシアはカップを持ちあげ、口をつけようとして、ふと思い付いたように手を止めた。
「ねえ、アンヌローザ。彼のために何かしたいというのなら、ひとつお願いしたいことがあるわ」
「何でもやるわ」
「悪役令嬢を回避できなくなっても?」
シンシアは今日初めてのいたずらげな声で言うと、にっこりと笑った。




