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2・3婚約者

 第二王子のクリズウィッドもルクレツィアと同じ波打つブラウンの髪に鳶色の瞳をした、二十四歳の青年だ。

 文部省で働いているが、閑職だ。

 頭も人柄も良いけれど、母親が私の父の息がかかっていない側室だから、彼を含めた三兄妹は扱いが悪いのだ。


 だけれど父は急に方針を変えた。先月、彼と私を婚約させたのだ。ゲームの情報があるからいずれそうなるだろうと身構えていたのだけど、なんの前触れもなく突然に、しかも事後報告だった。


 クリズウィッドも同じく事後報告だったそうだ。陛下と父が勝手に決めたのだ。どうせ父のことだ、クリズウィッドも自分の一派に引き込むことにしたのだろう。


 ゲームの私はクリズウィッドルートでも悪役令嬢だ。好きなのは公爵なのに、形だけの婚約者にちょっかい出されるのもムカつくキャラらしい。

 実際の私はそんな性格ではないけどね。


 とはいえ、なんとかこの婚約が成立しないように密かに頑張っていたのだけど、ダメだった。


 クリズウィッド自身のことは嫌いじゃない。特別好きでもないけど。ゲームのことさえなければ、政略結婚しても構わないかな程度の親愛の情はある。それは恐らく向こうもそう。


 植木の影から現れたクリズウィッドは私を見て、来ていたのかと一言のあと、私の手を取って指先にキスをした。

 婚約してから彼は会ったときは必ず、別れ際もだいたいは、この挨拶をするようになった。

 最初は予想外のことにうろたえてしまったけれど、今はもう慣れた。彼は、婚約者である宰相の娘に敬意を持って接していますよ、というアピールをしているだけなのだ。


 一通りの挨拶を済ませると、彼は席についた。

 平日の午後。官庁勤めの人たちは仕事をしている時間だけれど、閑職のクリズウィッドは勝手にフレックスタイム制にしているらしい。


 攻略対象なだけあって、当然彼もイケメンだ。テンプレのきらびやかで華やかな王子様ではないけれど、左目下の泣きぼくろと、愁いを帯びた表情がセクシーだ。


「アンヌの元に舞踏会の招待状は届いたかい?」

 クリズウィッドからの質問に、ルクレツィアと目が合う。

「ええ。今その話をしていたの」

「そうか。君でも稀に見る美男は気になるのか」

 クリズウィッドはふふっと笑った。

「だってお兄さま、これだけ噂になっているのよ」とルクレツィア。

「まったく、どこに行っても彼の話題だ」

 その彼はあなたの親友になりますよ、と心の中で呟く。

 どういう経緯なのかはわからないけど、ゲームではそんな間柄だった。


 今まではその関係を深く考えたことはなかった。なにしろ当人不在だったからね。だけど、どうなんだろう。因縁があるのに、なんで親友になるのかな。本当に王位に興味のない穏やかな人物なのだろうか。


「お兄さまは新当主の母君を覚えてらっしゃるの?」

「いいや。ただ皆が口を揃えて美しかったと言うからね。相当なものだったのだろう。新当主が幼い頃は、母君の幼き頃にそっくりだったらしいしね」

「それだけ言われていたら、世間が期待してもしょうがないわ」

「クラウディアも張り切っているよ」

「お姉さまったら」

 ルクレツィアは苦笑した。


 クラウディアはクリズウィッドの双子の妹だ。気の毒な人で、最初の結婚は十五歳、次は十八歳で、どちらの相手も、四十も年が離れた男だった。しかもどちらも結婚後、二年前後で亡くなったものだから、彼女は死神との渾名がついた。


 幸い彼女のメンタルは最強だ。婚家から王家に返却されてもめげず、いずれ修道女になるわと言いながら多くの恋を楽しんでいる。そんな彼女からすれば、新当主は良い獲物だろう。

 だけどゲームではモブだったから、彼女の身は安全のはず。


 ただ彼女のとばっちりを受けているのがルクレツィア。姉が死神なら妹もそうに違いないと陰口をたたかれて、十八なのに婚約が決まらない。


 だから悪役令嬢に走っちゃうのかな?


 兄妹の会話を聞きながらそんなことを考えていると。クリズウィッドが私を見て、

「今日のアンヌローザは口数が少ないな。何かあったのか?」

 と尋ねるので、いいえと答える。

 ルクレツィアが申し訳なさそうな顔で私を見たから、にこりと微笑んだ。

「それで君は舞踏会に出るのか?」

「ええ。そのつもり」

「迎えには行けないが、エスコートはする」

 とクリズウィッド。そうか。婚約者だからね。

「あら」とルクレツィア。「二人が婚約して初めての夜会ね」

 そうねとうなずくと彼女は破顔した。

「アンヌ、手を抜かないでちゃんと着飾ってきてね!」

「いつもと一緒じゃダメかしら?」

 私は着飾るのは好きじゃない。普段は淑女として最低ライン程度の身だしなみしかしていない。

「それじゃあお兄さまがかわいそうだもの」

「……分かったわ」

 クリズウィッドは、気を使わせて悪いなと苦笑した。


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