成金
1915年12月31日 別府市のとある料亭
「それでは、我が別府造船の今後益々の発展を祈り、乾杯!」
「「乾杯!」」
来島雷蔵の音頭で全員が酒の入ったコップを持ち上げた。
今回開かれていたのは別府造船所の重役たちが中心となった忘年会であった。
最近、別府造船所は以前の地味な感じとは打って変わって羽振りがいい。
いや、この時期、日本中のどこの造船所や海運会社もそうであった。
とにかく儲かって儲かって仕方ないのだ。
1914年6月14日のサラエボ事件に端を発したヨーロッパ中の国々が参加したナポレオン戦争以来の大戦争、第一次世界大戦はわずか数ヶ月で終わると予想された当初の予想を早くも裏切り、戦争は2年目に入ろうとしていた。
欧州が戦争一色に染まっている頃、地球の反対側である極東に位置する列強、日本は棚ボタ的に欧州が必要とする膨大な受注を一手に引き受けることが出来た。
欧州ではもはや日用品の生産などに構っている暇はないのである。
おまけに大西洋ではドイツのUボートや仮装巡洋艦などによる通商破壊が続いており、船腹も圧倒的に足りなかった。
そのため、日本の造船業界はこの降って沸いた造船景気に狂喜乱舞した。
なにしろ石入りの缶詰すら売れたほどだ。
つまり、作れば作るだけ・・・いや、それ以上に売れるのだ。
これほどうれしいことはない。
こんな感じで日本中で好景気が沸く中、ぽっとでのお金持ちも現れることとなる。
それを一般に言うと「成金」という。
急に貧困層から富裕層へと転じたものをそういうのだとか。
特に第一次大戦の好景気の中で造船や海運業、そして株式投資などで成功した者達が数多くいた。
そういうものを一般庶民は株成金とか船成金といって半ば馬鹿にする言葉が流行することとなる。
語源的にはむしろ賞賛される意味に使われたといわれているのだが・・・時代は変わるものである。
第一次大戦の需要の波に美味く乗っかった別府造船の社長である来島雷蔵もその一人と周囲から目されていた。
それでも昔から地元の漁船を建造したり地元の教育機関や医療機関に多大な寄付を行っていたりするなど地元とのつながりが極めて高かった地域密着型企業であったことと、雷蔵自身がそんなにお大尽な人物でもなかったため、それほど偏見で見られることはなかったが、知らない人間から見ればそう見えたのだ。
もっとも、当の雷蔵はそれを聞いて苦笑していた。
どこか自分でも少し調子に乗ってしまったと思ったことがあったのかもしれない。
さて、そんな風に社員達が意気揚々と酒を飲みご馳走をつつく中、立役者とも言うべき義男はどこか暗い表情だった。
というのも、義男はこの馬鹿みたいな好景気が戦争終了後に速攻でなくなることを知っていたからだ。
(このまま今の勢いで受注をしていたら好景気終了と共に今度は大不況に飲まれかねない・・・。どこかで退く必要はあるな。だが、どのタイミングがベストなんだ・・・?)
義男は受注を絞るタイミングを図りかねていた。
(下手に早すぎてもいけないし、かといって遅すぎれば手遅れになる。1917年の暮れから1918年の半ばにかけて・・・とにかくドイツ軍の敗北が決定的になる少し前か。だが、どうする?絞るにしてもどの程度絞る?ハァ・・・こんなことならイタリアに転生させてもらうべきだったかな?あそこだったら気楽に生きれただろうに)
実は義男、神に会ったときに日本かイタリアどっちがいい?
と言われていたりする。
ドイツ様はないのと聞いたのだが、どうもドイツ様だとルーデルさんちのハンスさんとか片目の戦車隊指揮官などの人外ズがいる上に技術チートでつまらないらしい。
そんなことで自分を放り込むなよと愚痴ったのだが結局ドイツ様への変更はできず、義男は仕方がないから日本を選んだ。
というどうでもいい裏話があった。
まぁそれはおいておこう。
とにかく義男はこれからのことについて盛大に悩んでいた。
下手をすれば戦後の成金の多くがたどった末路に自分達も放り込まれかねないからだ。
それでは歴史改変を目指した意味がないし、ホームレスもお断りだ。
(だめだ、わかんねぇ・・・)
ハァ・・・と溜息をついていると「何を溜息をついている?」
という声がした。
振り向くと雷蔵がビール瓶とグラスを持ってたっていた。
顔が若干赤くなっているところを見ればすこし出来上がり始めている最中なのだろう。
「ああ、ちょっと考え事があってね。」
「また、何か商売の種か?」
「いや、そうじゃない。」
「ふむ、まぁとにかく何じゃ、こういう席なんだ。もっと飲め!な!」
そういうと雷蔵は義男のコップにビールを注いだ。
で、仕方がないので義男もつがれるままに飲んだ。
口の中に炭酸がはじける感触と苦味が広がった。
(ま、そうだよな。折角だし今日は思いっきり飲んで食べるか。)
ということで気を取り直してビールを飲んでいると雷蔵が隣に座り込んで話し始めた。
「ところでお前・・・もういくつになった?」
「え・・・と、1915年だから・・・31かな?」
「ほう、そうか・・・なぁ、義男」
「ん・・・何?」
「・・・お前、いい加減に嫁さん貰え。」
「ブホッ!?・・・・・・・何ィ!?」
突然の雷蔵の嫁もらえ宣言に義男は驚いて飲みかけのビールを逆流して鼻と口から吐き出した。
その顔は下品な上に悲惨であった。
いまさら気が付いたのですが1884年生まれとして主人公は現在31歳
おまけに自分の仲の設定では風俗や色町にも行けないヘタレ設定ですので
という事で・・・
祝!! 魔 法 使 い 決 定 !
つまりアレです、箒に乗って空が飛べたりマ○パが撃てたりします。
ですので次回から本作のタイトルは「魔法使い来島義男の悲しみ」に変更になります。
悲しみを背負った主人公がB29やエセックス級空母を泣きながらばったばったと薙倒す光景に乞うご期待ください!(超嘘です。)
この時代、平均結婚年齢を調べてみたのですが男性が大体27、女性が22くらいだったそうです。
あくまで平均ですので多分農村とか田舎でしたらもっと低いかも知れません。
つまり、ロリ少女が合法とは言いませんが、10代でも結婚できたと言うことでしょう。
・・・つまり、逝き遅れと言うことです。
経営者の跡継ぎ(笑)がこれではちょっとやばいですね。
・・・嫁さんどうしましょう?
(同じく行遅れにするか?それとも・・・)
そんな訳で次回からちょっと経営以外も出てきます。




