第5話 陽気な双子
イフェネアお姉様と生活を共にするということは、私にとってはありがたい話だった。
貴族としての生き方を学ぶことができるというのは、今の私にはとても重要なことである。それを学べば、舞踏会の時のようにびくびく怯える必要もないはずだ。
そんなことを考えながら、私は自室で過ごしていた。イフェネアお姉様の交渉が終わるまで、まだしばらくここにいることになる。改めて見てみると、やはり広い部屋だと思う。
「寂しいよね。村の時は、自分の部屋なんかなかったし……あれ? そういえば、イフェネアお姉様は、結局どうして私の部屋に? というか、どうやって入ったんだろう。鍵とか、かかっていないのかな?」
「もしもし?」
「うん?」
私がイフェネアお姉様のことを考えていると、部屋の戸が叩かれた。
そこから聞こえる声は、誰かわからない。女の人の声ではあるが、イフェネアお姉様ではない。
でも多分、メイドさんとかでもないだろう。それにしては、挨拶が気軽過ぎる。あの人達は、一応私のことを令嬢として扱う訳だし。
「ど、どちら様ですか?」
「こちらエフェリアと……それからおまけのオルディア」
「おまけ?」
「……僕をおまけにしないでよ」
「いや、冗談冗談」
部屋の外からは、気軽なやり取りが聞こえてきた。
名乗ったお陰で、誰かがわかった。どうやらエフェリア様とオルディア様の二人が訪ねて来たようである。とりあえず、戸は開けるべきだろう。
「わあっ!」
「え?」
「こんにちは! クラリア、元気?」
「げ、元気ですけれど……」
戸を開けると、ヴェルード公爵家の次女エフェリア様が大きな声で挨拶をしてきた。
それに私は驚く。最初に挨拶した時は、こんな感じではなかったと思うのだが。
「クラリア、ごめんね。エフェリアが迷惑をかけて……」
「迷惑なんてかけてないよ」
「いや、でも、うざくないかな?」
「う、うざくはありませんから、大丈夫です」
そんなエフェリア様に対して辛辣な物言いをするのは、ヴェルード公爵家の三男であるオルディア様だ。
二人は、双子の姉弟であるらしい。顔も声もそっくりだ。しかも二人とも中性的な見た目であるため、正直見分けがつかない。
「いや、でもやっぱりうざいんじゃないかなぁ?」
「そんなことはありません」
「もう、オルディアはまたそんなことを言って……」
「僕は事実を述べているだけさ」
「事実って?」
「エフェリアは、普段からちょっとうざいってこと」
「なっ! それを言うならオルディアだって普段から一言多いし!」
私の前で二人は、何やら喧嘩を始めてしまった。
どうしていいかわからず、私は困惑することしかできない。そもそもどうして喧嘩になったのだろうか。それがよくわからない。
「まったく、エフェリアは……ふふっ」
「ちょ、オルディア、何を笑って……」
「ごめん……でも、もう限界かもしれない」
「限界って……」
「だって、エフェリアは私だし」
「うん?」
オルディア様の言葉に、私は首を傾げることになった。
今彼は、なんと言っただろうか。いや、彼女というべきなのかもしれない。今オルディア様は、自分のことをエフェリアだと言ったのだから。
「えっと……」
「ごめんね、クラリア。僕はオルディアではなくて、エフェリアなの」
「まったく、エフェリアは……ああ、僕の方がオルディアだよ」
「……?」
二人の言葉に、私は首を傾げていた。
どちらがエフェリア様で、どちらがオルディア様なのか、私には既に全く以てわからなくなっている。
最初にエフェリアとしてテンションが高かったのがオルディア様で、それを注意していたのがエフェリア様、そういうことで良いのだろか。
「まったくエフェリアは、クラリアが混乱しているじゃないか。だからやめておいた方が良いって、僕は言ったんだ」
「その割にはノリノリで私の振りをしてたよね?」
「そんなことはないさ。これでも結構、渋々やっていて……誰が好き好んでエフェリアの振りなんかするもんか」
「なっ、また私を馬鹿にして」
「……ここで、実は私が本当にエフェリアだって言ったら、クラリアはどうする?」
「ちょっと待ってください」
エフェリア様とオルディア様の言葉に、私は頭が痛くなっていた。
結局の所、どちらがエフェリア様で、どちらがオルディア様なのだろうか。目の前にいる二人の見分けがつかない私には、判断のしようがない。
恐らくそれは、二人の意図通りのなのだろう。同じ格好をしている時点で騙すつもりだったのだ。
これはつまり、妾の子である私に対する意地悪、ということなのだろうか。
いや、二人の雰囲気からはそういった感情は読み取れない。他のお兄様やお姉様とは違ってすぐにわかった。この二人は単純に、悪戯しているだけだと。
「まあ、場も和んだ所だし、そろそろ種明かししないとね。オルディア、後ろ向いてて」
「外に出ておくよ。クラリア、また後でね」
「え?」
そんなことを考えていると、オルディア様が部屋の外に出て戸を閉めた。
何故そんなことをするのだろうか。私がそう思っていると、目の前にいるエフェリア様らしき人が服を脱いだ。
「私がエフェリアだよ、クラリア」
「……な、何をっ!」
「いや、証明する方法って、これ以外ないって思ってさ。あ、今からは目印の髪飾りつけておくから、絶対に見分けがつくようになるから安心して」
エフェリア様は、一糸纏わぬ姿で髪飾りを身に着けた。
確かに、二人が姉弟である以上、それは紛れもない証拠を見せる方法ではある。
ただいくらなんでも、大胆過ぎると思ってしまう。私が規範とするべきだと思ったイフェネアお姉様とは、違い過ぎる。
「オルディア、もう入っていいよ」
「許可を出すのは、クラリアなんじゃないかな?」
「あ、そうだった。クラリア、いいよね?」
「あ、はい。良いですけれど……」
私が色々と考えている内に、エフェリア様は服を着ていた。
その頭には、真っ赤な髪飾りがついている。それがある限り、確かに二人を間違えることはない。しかし、私の動揺は収まっていなかった。この一瞬で、もう何度驚いたことだろうか。
「最近はさ、使用人の人達も慣れてきて、入れ替わりネタが誰にも通用しなくて、ちょっとつまんなかったんだよね……」
「いや、久し振りだったね。でも、クラリアには嫌な思いをさせてしまったかな?」
「い、いえ気にしていませんから」
「あ、私のことは普通にエフェリアお姉様でいいからね」
「それなら僕は、オルディアお兄様ということになるかな?」
エフェリアお姉様とオルディアお兄様が、私に対して友好的であるということはすぐにわかった。二人はずっと笑顔で、楽しそうにしていたからだ。
上の兄弟が大丈夫だったからと、私が油断しているということもないだろう。この二人なら信用できると、なんというか肌で感じ取れる。
「えっと、エフェリアお姉様とオルディアお兄様は、何をしに来たのですか?」
「クラリアと仲良くなりに来たんだ。ほら、私達って色々と複雑な関係でしょ。でも、私達はそういうこと気にしていないっていうか」
「僕は末っ子だからね。妹が欲しいと思っていたんだ。兄ぶらせてもらおうかな」
「まあ、私も同じような感じかな。オルディアは別に弟っていう感じじゃないし」
「僕達は双子だからね。どっちが上とか下とか、そういうことはあんまり気にならないんだ」
赤い髪飾りのお陰で見分けはつくが、二人は本当に良く似た顔をしている。
ただ、性格は少し違うようだ。エフェリアお姉様の方が少しテンションが高くて、オルディアお兄様の方が少し穏やかである。
そうして認識してみると、顔つきが少し変わって見えてきた。微妙な差異というものが、もしかしたらあるのかもしれない。
「まあ、言うならば半身みたいなものかな? オルディアとは部屋が一緒でも特に気にならないし、むしろいないと不安っていうか」
「イフェネアお姉様の部屋からは、いい年して恥ずかしいからっていう理由で別の部屋にさせてもらったんだけどね」
イフェネアお姉様は、兄弟四人で同じ部屋で暮らしていたと言っていた。
そこから二人は、巣立っていったそうである。しかしそれでも、二人での同室はやめなかった。それは双子だから特別な何かがある、ということなのだろうか。
その辺りには、私にはよくわからない。いや、少し前までは兄弟がいるとさえも思っていなかった私に、双子のことなんてわかるはずはないだろうか。
「イフェネアお姉様は、寂しそうにしていたけどね。でも、今日はルンルンだった気がする」
「……もしかして、クラリアはもう、イフェネアお姉様と仲良くなったの?」
「え? ええ、そのお兄様方とも」
「……手が早いね」
「僕達が一番だと思っていたのに……」
オルディアお兄様からの質問に、私は少し情報を加えて返答した。
すると二人は、顔を見合わせる。どうやら上の兄弟達に先を越されたことに対して、二人は驚いているようだ。
ただ同時に呆れているようにも見えるのは、私の気のせいだろうか。
「実の所、私達はクラリアにあまり近づかない方がいいんじゃないかって、話し合っていたんだよね……」
「え?」
「まあ、クラリアのことを嫌っている人なんていなかったけれど、やっぱりいきなりぐいぐい行くのもどうなのかと思ってね。とりあえず距離感を計ろうとしていたのさ」
エフェリアお姉様やオルディアお兄様から聞くそれは、初めて聞くことだった。
お兄様方やイフェネアお姉様は、そのようなことを言っていなかった。秘密の話し合いがなされていたということだろうか。
「それが解かれたのは、つい最近のことなんだよね。というか、今朝のことっていうか」
「アドルグ兄上が言い出したんだ。もうそろそろ、その必要はないんじゃないかって」
「……アドルグお兄様が、今朝そのようなことを言い出したんですか?」
「うん?」
「どうかしたのかな、クラリア」
二人の言葉に、私は思い出していた。
アドルグお兄様の本心を、いつ聞いたのかということを。
それは今から数日前に遡る舞踏会での出来事だ。つまり、ヴェルード公爵家の長兄であるアドルグお兄様は、一番に兄弟の取り決めを破った、ということだろうか。
「……もしかして、アドルグお兄様?」
「……だろうね」
「ええ……本当に? 言い出しっぺなのに?」
私の表情によって、アドルグお兄様の悪行がばれてしまった。それについては、アドルグお兄様に申し訳ない。
でも、アドルグお兄様も悪いと思う。どうして言い出しっぺなのに、最初に約束を破ってしまったのだろうか。いや、私としてはありがたかったのですが。
「あ、そうだ。ペレティア・ドルートン伯爵令嬢とサナーシャ・カラスタ子爵令嬢」
「ああ、アドルグ兄上がなんか言っていたね」
「許せないよね、なんかクラリアにひどいことしたんでしょう? 悪口言ったとかだっけ?」
「うん。まあ、社会的に追い詰めるべきなんじゃない? ヴェルード公爵家としても、そんなこと言われて黙ってはいられないだろうし」
「それで反省してくれるといいけどね」
アドルグお兄様との話を思い出したのか、エフェリアお姉様やオルディアお兄様は例の二人の令嬢のことを話し始めた。
ただ、その内容は随分と穏やかである。他のお兄様方などと比べると、とても軽い。
だが、これに関してはエフェリアお姉様とオルディアお兄様くらいが丁度良いといえるだろう。他の三人は、いくらなんでも過激すぎるのだ。
「あれ? でもこの状況って……」
「……ああ、まずいかもしれないね」
「クラリア、もしかして……」
「あ、はい。多分、そのもしかしてです……あの、結構まずい感じですか?」
私が考えていたことに、二人は思い当たったらしい。
そこで二人は、その表情を変えた。どうやら事態は、私が思っていたよりも深刻なものであるらしい。




