番外編⑩ 従姉と再会して(オルディア視点)
「オルディア君、よく来てくれたね。君のことを、僕は歓迎しよう」
「いえ、急に押し掛ける形になって、申し訳ありません」
「ははっ、そのようなことは気にすることはないさ。ラナメシアから、君のことはよく聞いている。妻の家族も同然の君なら、いつ来てくれたって問題はないよ」
カルザール王国の王太子であるカルドニス殿下は、僕のことを温かく迎え入れてくれた。
彼はなんとも、穏やかな人である。ラナメシア姉様とは正反対の性格だ。もちろん、それは彼が体裁を保つのが上手いというだけなのかもしれないが。
「そもそも今回は、ラナメシアが君のことを引っ張ってきたのだろう?」
「あ、えっと……」
「ふん、それは挨拶をしないこいつが悪いのだ」
「いや、申し訳ないね。まあ、君もよく知っているとは思うけれど、彼女は少々お転婆なんだ」
「お転婆……」
カルドニス殿下の言葉に、僕は苦笑いを浮かべる。
ラナメシア姉様を、お転婆で片づけていいはずはないからだ。彼女は過激、という方が正しいと僕は思う。怖いので本人にそんなことは言えないが。
「オルディア、お前は今、何か私に対して失礼なことを考えているな?」
「え? そ、そんなことはありませんよ?」
「まあまあ、ラナメシア、久し振りに従弟に会えて嬉しいのはわかるけれど、少し落ち着きなよ。オルディア君も困っているじゃないか」
「夫よ、あなたはどちらの味方なのだ?」
「いや、敵対しているつもりはないのだけれどね? ただ仮に優劣をつけるというならば、僕は客人を優先するよ。立場上、そうすることが正しいと思っているからね?」
「なるほど、それはなんとも合理的な選択だ」
カルドニス殿下は、なんとも堂々としている人であった。
流石は一国の王太子殿下である。その言動からは、気品と誇りが感じられた。
そういった姿を見ていると、少し自分が矮小な存在に思えてくる。僕は貴族としての責務を、放棄した側だから。
「……そういえば、オルディア君。君は以前、あちらの国で起こった事件で大怪我を負ったと聞いたことがある」
「え? ああ……」
「見舞いにも行けず、申し訳なかったね。今こうしてここにいるということは、もう大丈夫なのだろうけれど、元気なのかな?」
「はい、それは大丈夫です。そもそも、大怪我ということはありませんよ。顔に傷を負ったというだけのことですから」
「そうか……すまないね、嫌なことを思い出させてしまったか」
「いえ、別にそれについては気にしていませんよ」
僕の表情が陰ったからなのか、あるいは単に偶然か、カルドニス殿下は僕の傷について触れてきた。
ただ僕は、この傷を負ったことを気にしているという訳ではない。これは名誉の負傷だ。僕の誇りでもある。
問題なのは、それを理由にして貴族から逃げたことだ。本当はわかっている。この傷があったとしても、貴族の一員としてできることなんていくらでもあると。
「……髪で顔半分を隠しているのは、傷を隠すためだったか?」
「ああ、そうですよ。ラナメシア姉様には、手紙か何かで伝わっていますか?」
「アドルグから聞いている。まあ、その判断についてとやかく言うつもりはない。しかし私は、お前の顔をもっとよく見たいと思う」
「……わかりました、そういうことなら」
「気になるのなら、僕は席をはずそうか?」
「いえ、大丈夫です」
少し塩らしいラナメシア姉様の言葉に、僕は少し嬉しくなっていた。
威風堂々としている彼女だけれど、結局は僕のことを愛してやまない従姉なのだ。そのことを思い出し、変わっていないのだと笑った。
だから僕は、ゆっくりと髪をかき上げる。二人の目には、僕の素顔が写っていることだろう。だけれど二人とも、それを特に気にする様子はない。
「……本当に大人になったものだな? こうして改めて見てみるとそう思う。顔つきも変わった」
「そうでしょうかね?」
「少なくとも、悪戯小僧ではなくなっているのだろう。一人で他国に渡り、ここまでやって来た。家の力に頼らずそれを成し遂げたことは、評価できることだ」
「そんな立派なものでは……」
「その旅路は、お前の糧になったのだろうな。その糧をお前はどう活かすつもりだ?」
ラナメシア姉様は、僕の目を真っ直ぐに見つめてきていた。
その視線には、僕は息を呑み込む。何かを見透かされているのだろうか。ラナメシア姉様なら、それもあり得る。
「ラナメシア姉様は、僕に帰れと言っているのですか?」
「そういうつもりはない。しかし、お前は見分を広めたのだろう? それらを何かに活かしてみたいとは思わないのか?」
「それは……」
ラナメシア姉様の言葉に、僕は少し考えることになった。
確かに僕は、こちらの国に一人で渡ってきて様々なことを学んだ。それらの経験は貴族として務めることに、何か役に立つのかもしれない。
しかし今更、どんな顔をしてヴェルード公爵家に帰ればいいのだろうか。僕にはそれが、よくわからなかった。
「情けない顔をするな。お前はそれでも、ヴェルード公爵家の一員か?」
「……」
「……妹ができて、お前には兄としての自覚のようなものが芽生えた、とアドルグからは聞いている。クラリアの見本になる。それは嘘偽りだったのか?」
「……クラリア」
僕の曇っていた心に光が差したのは、クラリアの名前がきっかけだった。
かつての僕は、末の子だった。双子の姉であるエフェリアとは対等ではあったけれど、それでも僕の心の中にはいつも一番下だという意識があった。
それが変わったのは、クラリアと会ったからだ。僕にも妹がいた。その事実によって、変わらなければならないと思ったのだ。兄や姉のように立派になりたいと、そう決意したはずなのに。
「……そうでしたね。僕は兄として、クラリアに恥じないように努めなければならない」
「……ふむ、少しはマシな顔つきになったか」
「そうでしょうか? そうかもしれません……」
「まあ、そうやって悩むようになったのも、お前が大人になった証拠なのだろう。とはいえ、お前はまだまだ発展途上であるようだが」
僕は、こちらの国に足を踏み入れた時の気持ちを思い出していた。そういえばあの時は、クラリアにどんな土産話ができるかと、楽しみにしていたものだ。
それを忘れてしまったのは、いつからだっただろうか。僕の心は、段々と冷たくなっていっていた。
結局の所、僕は家族の温もりを求めているということなのかもしれない。半身であるエフェリアと分かれてから、一人でも生きていけるのだと証明したかったのだけれど。
以前にクラリアと話したことを、僕は思い出していた。エフェリアが嫁いで、またやけになってしまっていたのだろうか。
少なくとも自分を傷つけようなんて思っていなかったけれど、それでも僕はまたクラリアに心配をかけているのかもしれない。そう考えると、自分がなんとも情けなく思えてきた。
「……本当に、顔つきが変わったね? 妹の名前一つでそこまで奮起できるとは、やはり君もラナメシアの従弟という訳か」
「カルドニス殿下……そうですね、僕達親族はそうかもしれません」
「まあ、結束が強いのは良いことだと思うよ。もちろん、それによって民が不利益を被るようなことがなければ、だけれど」
カルドニス殿下は、僕に対して少し鋭い視線を向けてきた。
今の言葉は、彼からの注意喚起ということなのだろう。確かに彼の言う通りだ。いくら親族間の仲が良いからといって、身内可愛さを優先するような貴族にはなるべきではない。
それは肝に銘じておかなければならないことだ。僕は改めて、貴族としての在り方に思いを馳せるのだった。




