第34話 友達との再会
私は、ウェリダンお兄様とともにニヴァーチェ侯爵家の屋敷に来ていた。
その家の令嬢であるナルティシア嬢こそが、ウェリダンお兄様との関係がこじれたお友達であるらしい。
そんな彼女は、今回の来訪を受け入れた。ウェリダンお兄様の手紙に、自分も会いたいという旨を記して返してきたのである。
「……お久し振りですね、ウェリダン様」
「ええ、こうして顔を合わせるのは何年振りでしょうかね」
「五、六年振りくらいではありませんか?」
「そんなになりますか」
同席している私は、客室の中の空気が非常に重たいことをひしひしと感じていた。
もちろん、この再会というものが楽しいものにはならないということは、予想していた。一度関係がこじれたのだから、それは当たり前だ。
ただ、ここまで空気が重いのは意外である。手紙の返信は結構明るいものであった訳だし、もう少し和やかなものだとばかり、思っていたのだが。
「……そちらは、妹さんでしたかね?」
「ええ、今回の件は彼女の発案です」
「そうでしたか」
「あ、えっと、クラリアと申します」
「クラリア嬢、私はナルティシアと申します。どうかよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
ナルティシア嬢は、なんというか堅い人であった。
そういう所は、ウェリダンお兄様と少し似ているといえるかもしれない。そんな二人が友達になったのは、当然か。気は合いそうな気がする。
「……あなたは変わっていないようですね?」
「変わっていない? それは、どういうことでしょうか?」
「いえ、僕の方は随分と変わっていると思いましたからね。なんだか少し懐かしい気持ちになりました」
「……なるほど、私は成長していないと言いたい訳ですね?」
「……誰も、そんなことは言っていませんよ」
そこでウェリダンお兄様は、ナルティシア嬢とそのように会話を交わした。
その瞬間に、空気は少し変わったといえるかもしれない。重たい空気が、燃え上がったのだ。二人とも、なんだか少し怒っているらしい。
「やはり変わっていないではありませんか。あなたはそうやっていつも、人の言葉を悪いように解釈する」
「それは、ウェリダン様の方でしょう? 冷静に見えて寂しがり屋で、打たれ弱いのですから」
「なんですって?」
「ふっ……」
「ふふっ……」
喧嘩が始まる。そう思って縮こまっていた私は、聞こえてきた笑い声に驚いた。
二人を見てみると、薄っすらと笑みを浮かべている。なんだかよくわからないが、空気は一気に和やかになっていた。
それによって、私は理解した。これはきっと、二人にとってはいつものやり取りなのだと。
つまり、ウェリダンお兄様とナルティシア嬢の友情というものは、まだしっかりと根付いているということなのだろう。
「あなたは本当に変わりませんね……」
「それはこちらの台詞ですよ、ウェリダン様」
ウェリダンお兄様とナルティシア嬢は、笑顔で言葉を交わしていた。
先程まで喧嘩寸前というような雰囲気だったのに、今はそれがすっかり消えている。
「そういえば、ナルティシア嬢は今婚約などされているのですか?」
「なんですか? 藪から棒に? まあ、婚約などはしていませんよ。そういった話も残念ながらありません」
「そうですか。それなら、僕と婚約していただけませんか?」
「え?」
喧嘩が一段落してからウェリダンお兄様が発した言葉に、私は思わず疑問符を浮かべて、間の抜けた声まで出してしまった。
ナルティシア嬢も、目を丸めている。それは当然だ。この兄は、急に何を言い出しているのだろうか。
「ナルティシアとは友人ではありますが、一人の女性としても魅力的であると思っていました。こうして改めて顔を合わせてわかりました。僕はあなたと結婚したいと」
ウェリダンお兄様は、特に恥ずかしがることもなく自分の気持ちを口にしていた。
つまり幼い頃から、友人以上の感情があったということなのだろうか。いやというか、これは普通に愛の告白ということになるような気もするのだが。
「……なるほど、そうでしたか。ウェリダン様、私も概ね同じような気持ちです」
「え?」
ただでさえ混乱していた私は、ナルティシア嬢の返答にまた変な声を出すことになった。
急な話であるというのに、彼女の動揺は既に収まっているようだ。いくら侯爵家の令嬢だからといって、そんなにすぐに切り替えられるものなのだろうか。
いや、その辺りには貴族としては割り切れるようになるべきなのかもしれない。私も見習わなければならないだろう。
「もちろん、お父様などと掛け合う必要はありますが、私個人としてはウェリダン様と婚約したいと思っています。あなたが良い人であるということは、よくわかっていますから。それに最近は、良い評判も聞いています。表情も豊かになったとか」
「ええ、貴族として一皮剥けましたよ。それはこちらのクラリアのお陰です。今回こうしてここに来たのも、このできた妹のお陰ですよ」
「そうだったのですか?」
「あ、いえ、私はそんな別に……」
ウェリダンお兄様とナルティシア嬢の言葉に、私はゆっくりと首を横に振った。
私はそれ程、何かができたという訳でもない。きっかけを作っただけだ。
しかし何はともあれ、二人がこうして仲良くしてくれて本当に良かった。婚約などがどうなるかはわからないが、とりあえずは一安心である。




