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妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?  作者: 木山楽斗
本編

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第33話 彼女への罰(アドルグside)

 王城を訪ねたアドルグは、地下牢の前でゆっくりとため息をついた。

 目の前の牢屋の中にいる令嬢に対して、彼は色々と思う所があった。彼は弟や妹を傷つける者に対しては、殊更過激な人間であるのだ。

 ただそれでも、アドルグは心優しき弟や妹の考えを優先しようとしていた。それが彼らの美徳であると、思っているからだ。


「マネリア嬢、俺はヴェルード公爵家のアドルグだ」

「ヴェルード公爵家……」

「あなたと話をしに来た。まず報告しておくとしよう。我が妹エフェリアは無事だ。その体には傷一つついていない」

「なっ……!」


 アドルグは、マネリアに対して事実を告げることにした。

 それは彼女の心を折るための策略の一つだ。これから長い間牢屋の中とはいえ、出て来た時にマネリアが滅多なことはしないように、完膚なきまでに潰しておくことにしたのである。


「そんなはずはありません。あれを食らって、無事なんてことは……」

「あなたが薬物をかけたのは、俺の弟だ。双子である故に、わからなかったらしいな」

「弟……そんな! だって、あの時レフティス様の傍にいて、エフェリアと確かに……」

「俺の弟は賢い弟だ。あなたの下らない感情に気付き、対処しようとした」


 焦り切っているマネリアに対して。アドルグは理解した。彼女が何も言わずにこの牢屋の中で大人しくしていたのは、自分の作戦によってある程度成果を得られたと思っているからだと。

 故に事実を告げることが有効であると、アドルグは結論付けた。マネリアは牢屋の鉄格子を手に取り、目を丸めている。彼女が相当に動揺していることが、アドルグにはわかった。


「私の作戦が失敗するなんて、そんなことはあり得ない……それじゃあ、あの女がレフティス様と結ばれるというのですか?」

「……仮に傷ついたのがエフェリア嬢であっても、私は彼女と結ばれましたよ」

「え?」


 アドルグがそのようなことを考えていると、地下牢に一人の男性が入って来た。

 その男性――レフティスを見て、マネリアは固まる。想い人がここに来たということに対して、彼女の理解は追いついていないようだった。

 それを感じながら、アドルグは一歩後ろに下がる。ここからは忌々しい存在ながらも、妹のことを思う男に託すことにしたのだ。


「レ、レフティス様……」

「……マネリア嬢、と言いましたかね?」

「は、はい。マネリアと申します」

「こうして顔を合わせるのは、初めてのことですね……初めましてというべきでしょうか?」


 レフティスが頭を下げるのを見ながら、アドルグは再びため息をついた。

 マネリアという令嬢は、レフティスとほとんど面識がない。その事実に対して、アドルグは呆れていたのだ。


「お、お会いできて嬉しいです、レフティス様……」


 初めは固まっていたマネリアだったが、想い人であるレフティスと対面できたことを喜んでいるようだった。

 何故、彼がそこに来たのか。それを彼女は正しく理解していないらしい。それを悟りながら、アドルグはレフティスの方を見た。彼がどのような言葉を返すのか、注目しているのだ。


「まず言っておきましょうか。僕はエフェリア嬢のことを愛しています」

「……え?」

「そんな彼女を傷つけようとしたあなたのことが、私は許せません。正直な所、本来であるならば顔も見たくないくらいです」

「そ、そんな……」


 喜んでいたマネリアの表情は、どんどんと歪んでいった。

 想い人からの明確な拒絶は、彼女にとってこれ以上ない程に堪えるものであったのだろう。

 しかしながら、アドルグは同情など一切していなかった。それはマネリア嬢の身から出た錆でしかないからだ。


「大体、私はあなたのことをそれ程知っている訳ではありません。あなたの方もそうだと思っています。一体あなたは、私の何を知っているのでしょうか?」

「し、知っています。レフティス様は素敵な方で……」

「あなたは私が婚約者を傷つけられて、何も思わない冷酷な人間であると思っていたのですよね。今回の件から考えると、そうなります」

「い、いや、そんなことは……」

「心外ですね。そういう人だと思われていたことが……やはりあなたと私は、相性が悪いということなのでしょうね」

「ち、違います!」


 ゆっくりと首を横に振るレフティスに対して、マネリアは手を伸ばした。

 しかし、当然その手を取る者などはいない。レフティスはゆっくりと、彼女に背を向ける。


「マネリア嬢、どうかもう私達には関わらないでください」

「……え?」

「あなたが私のことを曲がりなりにも愛しているというなら、そっとしておいていただきたい。考える時間は、これからいくらでもあります。何年先になるかはわかりませんが、出て来た時に更生していることを、せめて願っていますよ」


 レフティスはそう言い残して、地下牢から出て行った。

 それを見届けたから、アドルグはマネリアの方を改めて見る。意気消沈した彼女は、項垂れて動かない。その心は、完全に折れたようだ。


「……無論、ヴェルード公爵家もあなたの更生を願っている。寛大な我が弟と妹達に感謝するのだな」


 アドルグは、自分の言葉がマネリアに届いていないということを理解した。

 既に彼女の中にあった希望というものは、打ち砕かれている。そこから立ち直るということは、難しいことであるようだ。

 ただアドルグにとっては、その方が都合が良い。彼の優先するべきことは、妹の安全だ。マネリア嬢が気力を失ったというなら、彼の望みは叶ったといえる。




◇◇◇




「五十年だ」

「いや、それは流石に長すぎます。十五年が妥当でしょう」


 アドルグは、ロヴェリオとマネリア嬢の処遇について話し合っていった。

 ヴェルード公爵家としては、五十年の禁固刑を望んでいる。アドルグはそう主張をしていた。

 ただ、ヴェルード公爵家がまとめた結論というものは、実の所二十年である。それをアドルグは、独断で長くしようとしている。


 しかしアドルグも、実際に五十年の求刑が下されるとは思っていない。

 彼は敢えて、長めの求刑を主張している。とりあえず初めは、大胆な主張をしておくことにしたのだ。後の意見を通りやすくするために。


「ロヴェリオ、笑わせるなよ。貴族の令息……オルディアの柔肌を汚したあの女が、十五年で日の元に戻って来るなど、許容できると思うのか? 王家として、寛大な措置を取ろうというのか? しかしそれもおかしな話だ。今回は王家の失態ともいえる出来事だ」

「それはもちろんわかっています。しかし、過激な処罰というものは反感を買うことになるものです。それはアドルグ様だって、わかっているはずです」

「そんなものは、好きに言わせておけば良い。そもそもの話、お前達アルフェリド王家というものは甘過ぎるのだ。時には厳格さというものを見せておかなければならない」


 アドルグは現状、アルフェリド王家もヴェルード公爵家も舐められているきらいがあると考えていた。

 クラリアが二人の令嬢やディトナスに侮辱されたのも、そもそもの原因はそこにあったといえる。威厳というものが、公爵家にも王家にも足りない。それがアドルグの考えだ。

 良い機会であるため、アドルグはそれも改めておきたいと考えていた。王家や公爵家に牙を剥けばどうなるか、それを示しておきたかったのだ。


「アドルグ兄様の言っていることは、わからないという訳でもありません。だけど、王家や公爵家が横暴に思われるのも問題です。それに過度な罰を与えると不都合もある。何事もバランスが大切ですよ」

「それならば、四十年といった所か」

「それでも長過ぎます。今回の場合は、二十年というのが妥当です」

「三十年だ。これ以上は譲れない」

「それなら、二十五年です」


 ロヴェリオの言葉に、アドルグは笑みを浮かべていた。

 それは相手も、自分と同じように敢えて短い年数を主張していたということが理解できたからである。

 一人の王族として、着々と成長しているロヴェリオに、アドルグは歓喜を覚えていた。そして彼としても、ある程度は満足できる結論に、とりあえずは納得するのだった。


「まあ、今回の件については、俺も色々と思う所があります。エフェリア姉様やオルディア兄様には、可愛がってもらっていますから」

「そうだろうな。お前達は昔から仲が良かった。最近は猶更だ」


 マネリア嬢に対する罰が決まった後、アドルグはロヴェリオと改めて話をしていた。

 そこで彼は、父親が言っていたことを思い出す。末の妹であるクラリアの婚約に関する心当たりというものが何であるか、アドルグは理解していた。


「この際だ。ロヴェリオ、お前はクラリアのことをどう思っているのだ?」

「え?」

「隠せていると思っているのか? お前のクラリアに対する想いはわかっている」

「……まあ、隠せている自信はありませんでしたが」

「……やはり、そうか」


 アドルグの言葉に対して、ロヴェリオは特に動揺していなかった。

 彼も鈍感という訳ではない。ばれている予測もしていたのだと、アドルグは理解する。


「……いとこであるクラリアに対して、そういった思いを抱くのは間違っているとも思うんですが」

「この国の法律において、それは問題がないことだ。それに、王家や公爵家にとっても悪い話という訳ではない。身内の結束を強めておくことも重要だ」

「でも、クラリアはどう思っているか……」


 不安そうにするロヴェリオに対して、アドルグは笑みを浮かべていた。

 彼にとっては、目の前の王子も弟の一人のようなものである。大人びた弟が年相応に悩む姿は、アドルグにとっては微笑ましいものだったのだ。


「お前であるなら、俺も不満はない。クラリアのことを任せられる男だと思っている」

「それは……」

「故に言っておくとしよう。そこまで勝算がない戦いではないと。しかしもちろん、何が起こるかはわからない。今の関係を変えたくないと思うなら、何も言わないのも手ではあるだろう」

「俺は……」


 アドルグの言葉に、ロヴェリオは言葉を詰まらせていた。

 その心にある恐怖を悟りながらも、アドルグはそれ以上何も言わない。それはロヴェリオ自身が、結論を出すべきことだと思っているからだ。

 ただアドルグは、確信していた。ロヴェリオがどのような結論を出すか、彼にはわかっていたのだ。故に決意に満ちたロヴェリオの表情を見て、アドルグは笑う。


「クラリアに自分の気持ちを打ち明けてみます」

「それがお前の結論か」

「ええ、俺はこれからも、クラリアと一緒にいたいと思っていますから」

「そういうことなら、俺が伯父上や父上と話はつけておこう。無論、お前の告白が失敗した場合話は別だがな」

「あんまりそういうことを言わないでくださいよ……」


 アドルグの言葉に、ロヴェリオはため息をついていた。

 それを見ながら、アドルグは決意する。この件については、自分が責任を持つと。

 どのような結果となっても良いように、備えておかなければならない。そう思ったアドルグは、すぐに行動を開始するのだった。

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― 新着の感想 ―
公爵家に喧嘩売って怪我させたんだから処刑が順当とは思う。処刑しないならせめて使った薬品を嫉妬女の顔に掛けて猛省させた方がいいと思われ。
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