第32話 心当たりは
「色々とあった訳だが、ヴェルード公爵家は現在安定しているといえる」
「安定、ですか?」
「ああ、最近は結構評判が良いんだ。私にとっては、嬉しいことだ」
ヴェルード公爵家の家族全員が、お父様の執務室に集まっていた。
こういったことは、前にもあった。私とエフェリアお姉様の婚約が決まった時とか、そういった時に集められたのである。
ということは、また誰かの婚約でも決まったのか。私はそう思っていたのだが、お父様の口から出てきたのは別のことだった。
「もちろん、それは良いことではあると思います。しかし父上、色々と問題は山積みです。現在婚約が決まっているのはエフェリアだけですからね」
「む? アドルグ、お前からそんな言葉が出て来るとは驚きだ」
「……貴族として当然の心配をしているまでです」
お父様の言葉に、アドルグお兄様は目を逸らしていた。
先日連れ出された後、アドルグお兄様はイフェネアお姉様としばらく二人で話したらしい。
そこで行われた話し合いというものは、それなりに厳しいものだったようだ。具体的にはイフェネアお姉様に、結構真剣に説教されたらしい。
だからアドルグお兄様は、以前よりも婚約に対する態度は軟化したようだ。
いや今回に関しては、本当に貴族として心配しているだけだろうか。アドルグお兄様はなんだかんだ言いながらも、最終的にはきちんとした人なので、その可能性は充分ある。
「まあもちろん、それに関しては私も色々と考えている。実の所、一つだけ心当たりはあるのだが……」
「心当たり、ですか?」
「アドルグ……というよりも、この場にいるほとんどが、もしかしたらある程度は察していることではあると思うが」
「……なるほど。まあ、わからない訳ではありません」
お父様とアドルグお兄様の会話に、私は首を傾げることになった。
この場にいるほとんどが、心当たりがある婚約とはなんだろうか。それが私には、まったくわからない。もしかして、私がいない時に何かあったのだろうか。
そこまで考えて、私は一つ思い出した。そういえば、ウェリダンお兄様は過去に友人との間で色々とあったと聞いている。まさかその友人とは、女性だったのだろうか。
「クラリア? どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
私が視線を向けると、ウェリダンお兄様はきょとんとしていた。
どうやら、少なくともウェリダンお兄様は自身のことだとは思っていないようである。
もしかして、お父様も適当に言っているだけなのではないだろうか。それぞれ違う人のことを考えている可能性もあるのではないかと、私は思ってしまった。
◇◇◇
「え? 僕の友人、ですか?」
「ええ、その、男性なんですか? 女性なんですか?」
「おやおや、それはまた随分と唐突な疑問ですね」
家族での会議が終わった後、私はウェリダンお兄様の部屋を訪ねていた。
お父様の言葉の意図が結局わからなかったため、そのことに対して色々と調べることにしたのだ。
今の所、私が予想できているのはウェリダンお兄様くらいである。ただ、それも友達の性別すらわかっていない状態であるため、定かではない。故に聞いてみることにしたのだ。
とはいえ、それだけが目的という訳でもないのが、実の所である。
ウェリダンお兄様のお友達については、ずっと気になっていたことなのだ。表情の件で関係がこじれてしまったそうだが、今ならそれをやり直すこともできるかもしれない。そう思ったのだ。
「……なるほど、父上が余計なことを言ったからですか?」
「え? あ、その……」
「そうですよね。あれはクラリアにはわかりませんよね。まったく、父上は少々空気が読めないというか、一言多いですね」
私の質問に対して、ウェリダンお兄様は苦笑いを浮かべていた。
どうやらお兄様には、お父様の言葉に対してはっきりとした答えが思い浮かんでいるらしい。
しかもウェリダンお兄様は、私が知らないことを前提としている。となると、あの場で話に取り残されていたのは、私だけだったということだろうか。
「しかし言われてみれば、一応僕のこととも考えられない訳ではありませんか」
「そうなのですか?」
「ええ、クラリアの質問への答えですが、僕の友人だった人の性別は女性です。といっても、彼女とは今は関わりもありませんし、婚約の望みなどは薄いでしょうね」
ウェリダンお兄様は、ゆっくりと首を横に振っていた。
私の予測は、当たらずとも遠からずといった所だったのだろうか。いや、婚約の話に繋がらないのなら、大外れなのかもしれないが。
「でも婚約の話はともかくとして、お友達と会ってみたいとは思いませんか?」
「それは……そうかもしれませんね」
ウェリダンお兄様は、私の言葉に表情を少し強張らせていた。
当然のことながら、その人と会うのは怖いのだろう。しかしそれでも、ウェリダンお兄様は前を向いている。過去と向き合い、未来へと進もうとしているのだ。
「僕も過去と決着をつけなければならないようですね。クラリア、付き合ってもらっていいですか?」
「私、ですか? それは構いませんけれど、私なんかで良いんですか?」
「クラリアだからいいんですよ。あなたのお陰で、僕の時間は動き始めたのですから」
「ウェリダンお兄様……わかりました」
ウェリダンお兄様の言葉に、私は静かに頷いた。
私の存在が、どれだけ役に立つかはわからない。だけど、ウェリダンお兄様が私を必要としてくれるなら、私はどこまでもついて行くだけだ。




