第31話 寂しさから
お兄様方との話が終わって、私は中庭に来ていた。
そこに私は、呼び出されたのだ。呼び出したオルディアお兄様は、私の姿を見て、少しばつが悪そうな笑みを浮かべている。
「急に呼び出して、ごめんね」
「いえ、別に大丈夫です。でも、どうしたんですか?」
「クラリアと少し話がしたかったんだ。二人きりでね」
私は、周囲を見渡してみた。屋敷の廊下を使用人さん達が歩いているが、お兄様方の姿などは見えない。
私はイフェネアお姉様と、オルディアお兄様はエフェリアお姉様と部屋をともにしている。故に二人きりになるために、この中庭に呼び出されたということであるようだ。
「今回の件で、クラリアには辛い役目を担わせてしまったからね」
「辛い役目?」
「あの時、僕のことをエフェリアと呼んでくれただろう? 酷なことをさせてしまった。その責任を感じているんじゃないかと思って」
「それは……」
オルディアお兄様の言葉に、私は思わず息を呑んだ。
その指摘が、的を射ていたからだ。私は確かに、あの時エフェリアお姉様と口にしたことを後悔している。
もしもあそこで、私がオルディアお兄様と言っていたら、結果は変わっていたかもしれない。そんな思いは、ずっと抱えていた。
「言っておくけれど、クラリアが気にするようなことは何もないからね。仮にあの時、クラリアが僕のことを兄と言っても、マネリア嬢は止まらなかっただろう。彼女に物事を冷静に判断する能力があったとは、思えないからね」
「……言われてみれば、それはそうかもしれませんね」
「……まあだからといって、クラリアが気にしないなんてことは無理な話か」
オルディアお兄様の理論は、もっともだ。確かにあのマネリア嬢が私の言葉に耳を傾けたとは、あまり思えない。その判断ができる程に、マネリア嬢は冷静ではなかった気がする。
しかしこれもまたオルディアお兄様の言う通り、私の心はあまり晴れはしなかった。それとこれとは話が別だと、私は思ってしまっているのだ。
「オルディアお兄様に、何か考えがあったということもわかっています。でも、私はそれを止めることができた立場です。だけど止めなかった。そのことは私自身の責任として、受け止めるべきことだと思うんです」
「そうかい……クラリアは立派だね。その年でもう、貴族としての自覚を持っている」
「そうなのでしょうか?」
「うん。僕なんかよりも、強い子だと思う」
オルディアお兄様の表情は、少し曇っているような気がした。
私からしてみれば、オルディアお兄様の方が立派な貴族であるように思える。だけど本人は、そうではないのだろうか。どうやら色々と、思う所があるらしい。
「……もしかしてオルディアお兄様は、エフェリアお姉様のことで少しやけになっていた部分もあるのですか?」
「え?」
私は少し考えてから、オルディアお兄様に対して言葉をかけた。
改めて状況を整理していくと、それも関係しているような気がしてきたのだ。
「……そうかもしれないね」
オルディアお兄様は、ゆっくりと頷いた。
その表情には、少し迷いがある。オルディアお兄様も、自分の気持ちをはっきりと理解している訳ではないらしい。
ただ、私はなんとなくオルディアお兄様が、少し自暴自棄になっていたような気がする。なんというか、自分をあまりにも省みていなかったし。
「オルディアお兄様、寂しいのはわかります。でも、それで自分を傷つけても良いなんて思うのはやめてくださいね?」
「そんな風に思っていた訳では……ないと言いたいけれど、結果的にこうなっている訳だから、それは説得力がないかな」
「ええ、そうですね。もっとご自愛ください」
オルディアお兄様が、貴族として何かしらの作戦を実行するということに対して、あれこれと言うつもりはない。それは時には、必要なことだと思うからだ。
しかし、そこに自分の身というか、傷つけたり傷ついたりすることを含めて欲しくはない。とにかくオルディアお兄様には、もっと自分というものを労わって欲しい。
「肝に銘じておくよ。でも、そういうことならクラリアにも約束してもらわないといけないね」
「私も、ですか?」
「ああ、今回の僕のことを反面教師にしてもらいたい。つまり、クラリアも危険なことはしないと約束してもらいたい……」
「オルディアお兄様?」
言葉を述べながら、オルディアお兄様は目を丸めていた。
それはまるで、何かに気付いたかのような表情の動きだ。しかし、何に気付いたのだろうか。私はそれが少し気になった。
「……いや、僕がこう思っているように、クラリアも僕のことを心配してくれているということなのだと思ってね。そう考えると、自分がやったことが改めて愚かなことだったのだと実感したのさ」
「実感ですか……」
「この痕は、自分への戒めということになりそうだ。鏡を見る度に、僕はきっと今日クラリアと話したことを思い出すのだろうね」
オルディアお兄様は、苦笑いを浮かべていた。顔に残っている今回の件の勲章に対して、今までとは違う思いを抱いているらしい。
ただそれは、私にとっては安心できることでもあった。そうやって今日のことを思い出してもらえるなら、少しくらいは危険なことはやめてくれるだろう。
「ああそれに、この傷があるともうエフェリアの振りもできなくなったんだね」
「それはそうですね……」
「でも、それでもいいのかもしれない。僕とエフェリアは違うんだから。これから前に向かうためにも、良い機会なのかもしれない」
そこでオルディアお兄様は、笑みを浮かべた。
それは先程までと比べると、前向きな笑みだ。今回の件を受けて、それでも前に進む強い意思をオルディアお兄様は持っているらしい。




