第13話 伝えておくべきこと(アドルグside)
クラリアを除くヴェルード公爵家の兄弟達は、一つの部屋に集まっていた。
妹や弟からの視線を受けながら、アドルグは考える。兄弟達に、一体どこまで事情を話すべきなのかを。
「……アドルグお兄様は、事情を知っているようですね」
「む……」
「良ければ、教えていただけませんか? 正直、私達としてはよくわからないのです。もちろん喜ばしいことではありますけれど、クラリアのお母様が両親と一緒に帰って来たということが、私にはわからないのです」
そんな風にアドルグが悩んでいると、イフェネアから問いかけられた。
自分を除くと長姉であるイフェネアが、今は兄弟達のまとめ役であることをアドルグは悟る。妹達の意思は一つだ。事情を自分から聞き出そうとしている。それを理解したアドルグは、ゆっくりとため息をついた。
「もちろん、何かしらの複雑な事情があるということなのでしょうね」
「ウェリダンお兄様? それはどういうことですか?」
「母上は寛大な方ですが、いくら何でも浮気相手とあのように親しく話すとは考えにくいでしょう。あまり考えたくないことではありますが、例えば彼女が父上の被害者であるなどというなら、この状況にもある程度は納得できます」
自分が屋敷を立つ前とは明らかに変わったウェリダンの言葉に、アドルグは頭を抱えることになった。
弟にどうしてそのような変化があったのか、それを聞きたいというのに聞けない今が、彼にとってはもどかしいものである。
さらに両親がしたことについても、進んで話したいことという訳ではなかった。
その恥ずべき事柄は、悪意などがあった訳ではないが、子供の立場で知ると辛いということは、誰よりもアドルグ自身がわかっていたことである。
「ウェリダン兄上、僕は父上がそのようなことをする人だとは信じたくありません……もしかしたら、クラリアには何か特別な事情があるのではありませんか?」
「オルディア、あなたはどのような予測を立てているのですか?」
「……例えば、クラリアには何か保護するべき理由があって、父上の子として扱っているなどということです。その場合、僕達はクラリアと血が繋がっていないということになりますが、まあそれは些細なことでしょう」
兄弟達が予測を話しているのは、自分が切り出さないからだということをアドルグは理解していた。
このままでは話がどんどんと逸れてしまう。それを危惧したアドルグは意を決して、自分が知っている事情を兄弟達に話すことにした。
「オルディア、クラリアは間違いなく俺達の妹だ。それに父上はひどい男という訳でもない。もちろん問題はあった訳だが……」
「そうなのですか?」
「おやおや、それなら一体何があったのでしょうか?」
「父上と母上は当時メイドだったカルリアを巻き込んだそうだ。当時の三人は、それが許容できる関係性ではあったそうだが……」
言葉を発しながらアドルグは、弟達が固まっているのを感じていた。
ウェリダンやオルディアの想定よりも、事態は深刻なものではないといえる。
ただそれでも、受け止めるには時間がかかるということは、アドルグもわかっていた。故に彼は、兄弟達が事態を受け入れるまで待つのだった。
「……まあ、遺恨があるとかそういう訳ではないというなら、喜ぶべきことと言えなくはないのかもしれないわね」
長い沈黙を破ったのは長女であるイフェネアだった。
しかしそれも、なんとか言葉を絞り出したという感じだ。それを悟ったアドルグは、ゆっくりとため息をつく。
「少々理解できない事柄ではあるけれど、姉上の言う通りと言えば言う通りでしょうね。まあ、喜ぶべきことなのかは少々考える必要があるとは思いますが……」
「ウェリダン、もちろんそれは私もわかっているわよ? とはいえ、クラリアが生まれてきたことは喜ばしいことではあるし……」
「姉上、それは僕もわかっています。しかし、貴族にとってこれは重要な問題です。それに父上と母上の道楽によって、一人の女性の人生が狂わされている訳ですからね」
「それは……そうだけれど」
「……いえ、僕もクラリアのことを否定したい訳ではありません。どうやらこれは、僕達にとっては中々に厄介な問題ですね」
クラリアと親しい関係にあるためか、イフェネアとウェリダンの歯切れは悪かった。
今回の件は非難されるべき事柄であるということは、二人も充分わかっている。しかしそれを強く否定すると、クラリアが生まれたことを否定することになるため、言葉を詰まらせているのだ。
そのことについては、アドルグも考えていることではあった。ただ彼の中では、それは一つの結論で落ち着いている。
「要するに、お父様とお母様は最低だってことだよね?」
「オルディア、それは言い過ぎじゃない?」
「言い過ぎなんてことはないさ。僕達は貴族だからね。こういう所はきちんとしておかなければならないだろうさ。というか、貴族じゃなくてもまずいことかもしれないね」
「うーん。まあ、私もお父様とお母様は駄目駄目だとは思うけど」
双子の姉弟は、概ねアドルグが抱いているのと同じような感想を抱いていた。
今回の件については、アドルグは父と母に全ての責任があり、そのことについては責められるべきだと思っている。
国王から充分にお叱りを受けたものの、それでもまだ充分ではないとアドルグは思っていた。少なくとも彼は、断固とした態度を取り続けるつもりだ。
「それぞれの意見はあると思うが、重要なことは一つだ」
そこでアドルグは、再び言葉を発した。
ヴェルード公爵家の後継ぎとして長兄として、彼にはこの場を取りまとめる役目があった。故に全員を見渡してから、一度間を置く。
「お前達が優先するべきは、クラリアのことだ。その笑顔を守ることが最優先事項であるということを決して忘れるな」
「それはもちろん、わかっていますよ、お兄様」
「言うまでもないことですね」
「でも、重要なことだよね?」
「ああ、そうだとも」
アドルグの言葉に、兄弟達はしっかりと答えた。
それを見ながら、彼は安心する。ヴェルード公爵家の絆が、万全であるということがよくわかったからだ。




